第1回知的財産翻訳検定 標準解答と講評

標準解答および講評の掲載にあたって

 当然のことながら和文英訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見てもまずい」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、共通課題について2名、選択課題の各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「標準解答」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら次回検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「標準解答に対する意見」という表題で事務局宛にemail(office@nipta.org)でお寄せください。


共 通


第一回 知的財産翻訳検定 共通課題講評

 翻訳時間の制約もあり、普段、主に明細書の翻訳をなさっていらっしゃる方には取り組みにくい課題であったようです。選択課題の成績は優秀であったのに共通課題について基本的な表現がおさえられていない解答が目につきました。「特許出願された発明」については、"an applied invention"のように、工夫の余地がある訳文がかなりありました。各受験者にお送りしたコメントでは、"an invention for which a patent application has been filed"を推奨しておりますが、これ以外の表現、たとえば"an invention claimed in a patent application"なども正答としています。また、原文の意味を汲んだ上で意訳したものも少なからずあり、今後、原文への忠実性と制度理解度との兼ね合いについて検定指針上で明確にしてゆくことが必要であると思われます。

問題(共通)PDF形式7KB   標準解答(共通)PDF形式17KB



電 気

第一回 知的財産翻訳検定 電子・電気分野講評

 電子・電気部門の取り扱い範囲は極めて広範囲なもので半導体などの各種電気関連部品をはじめ、家庭用電気製品、コンピュータ、各種制御機器など多岐に亘りますが、第一回目の試験問題として受験者への公平性を第一に考慮し、広く普及している機器で且つ先端技術を使っている機器を課題としました。
 課題は比較的平易な技術内容であり文章表現としても明瞭なものでそれほど苦労はされないであろうとの予測をたてていましたが、その予測以上に皆さん良くできていたと思っています。
 課題は米国出願を前提として翻訳するものでしたが、米国出願特有の表現を認識されていないように思われるものも見受けられました。問い1の請求項1の「利得を所定値に保持する保持手段」では、holding, maintaining, storing, retaining, keepingなどいろいろの表現が出てきましたが、「所定値に」の前置詞「に」にas, in, toなどいろいろ回答して頂きましたが、たとえば、means for holding a gain at a predetermined valueのような表現が望ましいと思います。問い2では、「コンデンサC3」と「容量C3」という異なる表現が出てきますが、本文例を特許英文として処理する場合は「コンデンサC3」に統一する必要があります。多くの受験者はそのように処理しているようでした。
 特許翻訳初学者の方々へのアドバイスとして、米国特許明細書の形式は、米国特許審査基準などを参照されること、また、仕上げた後の推敲の大切さを今一度考えて頂きたいと思います。推敲を経ていない英文はどうしても文と文との繋がりの悪さとか用語の不統一などが目立ちます。
 翻訳技量として高い能力を有しているにも拘わらず、4時間内に回答を完成することができない方もおられると思います。しかし、実際の翻訳実務では、翻訳品質+翻訳スピードが求められますので、両者を共に高めるために普段からデータを自分なりに整理されるようにされれば、必ずその努力は実ると思います。

問題(電気・電子工学)PDF形式29KB   標準解答(電気・電子工学)PDF形式25KB



機 械

第一回 知的財産翻訳検定 機械工学分野講評

 一般論として、簡単な日用品などの機械的構造は英訳しにくく翻訳力の差があらわれるといわれています。原文明細書は日本語としてもまた明細書としても完成度が低く、そのためもあってか比較的単純な技術内容であるにもかかわらず、原文の意味を十分把握していないと思われる解答が少なからず見受けられました。図面を参照して読めば特に機械の専門家でなくても十分理解し得る内容だと思います。
 米国出願用翻訳という観点からも工夫がもとめられています。
 例えば、場合によっては原文に無い「本発明(の一態様)によれば....」を補って翻訳するようなセンスが実務者にとって必要だと思います。  また、「実施例の説明」に対応する記載は、改定後のMPEPでは Detailed Description of the Invention とされており、この訳も正答としてあります。
 技術的な観点からは、「切り込み溝で形成された開口部」に対して"opening"、"aperture" などの訳語を充てた解答が大半を占めたことが気になりました。この開口部は「これから開口されるべき領域」という意味なので、これらの訳は不適当です。字面だけで判断して機械的に訳語を選択するのでなく、意味を考えて翻訳することが大事です。
 クレームの訳については、クレーム1の構造が「缶」のものであるという限定が原文にないので、クレーム2の訳においてはじめて「缶」のものであるという限定を加えてあります。先行詞(antecedent)を持つ名詞につける冠詞は "the", "said" いずれも正答としています。従属クレームの書き出しの冠詞を"a"とするか"the" とするかも同様です。
 総じて、位置関係、形状、幾何学的概念、動作などの語彙表現が身についていれば高スコアであったろうと思わせる解答が多かったという印象があります。

<お詫びと訂正>
参照図面【図2】において、一部引き出し線が消えている箇所がありました。公表する問題には訂正済み図面を添付しております。受験者の皆様にはご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした。

問題(機械工学)PDF形式45KB   標準解答(機械工学)PDF形式17KB



化 学

第一回 知的財産翻訳検定 化学分野講評

 化学分野の解答は、他分野に比べて出来が悪かったです。試験時間の割に問題の量が多いことも影響していますが、基礎的な翻訳能力の不足が主な原因であると考えられます。
 まず、日本語の読解力不足があげられます。問題の日本語は特許明細書としては読みやすい方に属するにもかかわらず、問題全体を通して日本語を正確に読み取れていない人が多かったです。技術的意味が正確に理解できていないことが原因です。基本的な実験プロセスの部分で読み違いをしている人がかなりいたのは残念です。化学分野の特許翻訳は非常に多岐にわたっています。深い専門的知識のみならず、電気・電子や機械分野にもまたがる広範囲な知識を要求されることも多いです。技術内容の理解力を高めるもっとも有効な手段はあらゆる技術に興味を持つことです。
 第二に、日本語の意味を正確に反映する英作文能力が十分でないことがあります。原因の一つは、意味の通じる英語を書くために必要な基本的な英文法の知識を欠いていることです。特許明細書は法律文書であり、誰が読んでも意味が正確に伝わる文章を書く能力が特許翻訳者には必須です。最近の米国における特許裁判では文法解釈が盛んになっているので、これに耐える明細書の翻訳を心がけてほしいと思います。それには、文法の基礎をしっかり固める必要があります。もう一つの原因は、基本的な英語表現力の不足により、我流の表現に陥っていることです。そのために、原文の意味から離れた乱暴な訳が目立ちました。日本語特有の非論理性や冗長さを排して、簡潔・明瞭で正確な英文を書く技術を身につける必要があります。また、提供された日本語を言葉と言葉の対応で翻訳したために、意味不明訳や誤訳になってしまっているケースもかなりありました。翻訳は言葉単位でなく文章単位で意味を対応させるのだということを肝に銘じて欲しいです。
 なお、全問解答が出来ていない人が化学分野には多くありましたが、実務で必要とされる翻訳スピードを勘案して分量は設定されています。1級合格者レベル、つまり実務翻訳者として独り立ちできるには、この程度の量をこなせないといけません。
 最後に、合格した人も残念ながら不合格だった人も、結果に一喜一憂するだけではなく、標準訳とよく比較して各自の解答をよく見直してみてください。自分の解答の秀でているところと至らないところを抽出し、長所を伸ばし欠点を是正することで、今後の翻訳の改善につなげていただくことを切に願っています。

問題(化学)PDF形式17KB   標準解答(化学)PDF形式45KB

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