第23回知的財産翻訳検定<第11回英文和訳>試験 標準解答と講評



標準解答および講評の掲載にあたって

 当然のことながら翻訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見てもまずい」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「標準解答」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら次回検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「標準解答に対する意見」という表題で検定事務局宛にemail<kentei(at)nipta.org>でお寄せください。※「(at)は通常のメールアドレスの「@」を意味しています。迷惑メール防止対策のため、このような表示をしておりますので、予めご了承ください。」


1級/知財法務実務


第23回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評

【問1】
 ヨーロッパ特許庁(EPO)の審判部が出した決定のうち、近時のものから題材を選びました。(審判番号:T1884/13)

 本件では、COMPUTER GAMING DEVICE AND METHOD FOR COMPUTER GAMINGと称するEP特許出願が審査段階で拒絶の決定を受けたことを不服として審判請求がなされました。審判部の決定としては、請求棄却(審査部の拒絶決定を維持)となっています。
 審理の対象となっている発明の一つの実施形態はOnline poker gameであり、問題中の参考クレームに記載されているように、「ある仮想テーブルでプレイしているプレイヤーがゲームを降りると要求した場合、そのプレイヤーは次の自分の番を待つことなく他の仮想テーブルに移ってプレイを続けられること」等の特徴を有するとされています。本件では、この発明が、技術的要素と非技術的要素とが混在する「混合発明(mixed invention)」であるとして、その進歩性の判断手法について言及しています。すでによく知られているように、2014年6月に出されたアメリカ最高裁判所(Supreme Court)でのいわゆるAlice判決以降、例えば、コンピュータ関連発明について、アメリカでは保護対象としての適格性をめぐって様々な議論がなされ、またAlice判決を踏まえた下級審での判例集積がされています。このような状況に鑑み、EPOにおけるコンピュータ関連発明の考え方、特許性判断手法について触れている本件を出題することとしました。
 本件は特許出願の権利化段階における手続きに関します。したがって、知財実務に即して言えば、外国代理人から特許出願に関する当局の通知を受領した場合、それを社内において、あるいは顧客のために翻訳したり、メモを作成したりする場面に関連しており、当該通知に適切に応答する際に本問のような内容を的確に把握して翻訳し、あるいは要約する能力はますます求められるようになると考えられます。
 ここで、若干具体的に本問の採点結果を踏まえてのコメントを以下に示します。
・問題の英文はほぼ適確に理解されていると思われる一方、細かい訳抜け、誤訳や誤記が累積した結果合格点に達しない傾向が見られ、残念に思いました。試験での緊張感や制限時間は冷静に翻訳を行う上で障害になっていると思いますが、誤記等がないか、文脈に即した訳文になっているか、ミスを防ぐ見直しをなさるよう希望します。
・前記のように、technicalという用語が進歩性判断の一つのキーワードとなっていますので、翻訳に際して注意する必要があります。
・後半第1文のdevelop the problem to be solvedは、進歩性を判断するための直近先行技術に基づく解決すべき課題の設定を意味しています。developの語は、この意味が出るように訳す必要があります。
・例えば、problem-solution approach(課題解決アプローチ)のように、ほぼ対応する定訳がある用語については、日常からある程度習熟しておくことが望まれます。
 前回講評の内容と重複しますが、知財法務実務の分野は、特許明細書の翻訳と異なりどのように学習したらよいかつかみどころがないと思われる方が多いと思います。一つ言えることは、欧米等の著名判決、審決、公開されている審査経過書類等を通じて知財関係の基本語彙、基本表現については辞書を引かずに翻訳できるように繰り返し記憶に定着させることの効用です。それにより正確な翻訳を早く仕上げる力が養われるものと思います。
 引き続き、みなさまのさらなる健闘を祈っております。

【問2】
 本問は、「知財法務」として避けては通れない契約を題材としています。

 昨今、国内外で、特にデジタル技術の分野では、工業規格を策定する段階から、特許権で保護されている技術を規格のための必須技術として規格の中に取り込み、この規格に準拠した製品を製造販売する場合には、当該特許権を特許権者に代わって管理している特許管理団体からライセンスを受けるというビジネススキームが確立しつつあります。本問では、このような昨今の動向にも目を向けていただきたいとの意図、及び今後このような特許管理団体との契約交渉が増加することに伴われる翻訳需要に向き合う一助になればとの意図から、工業規格と契約交渉とを絡めた出題としました。
 全体的な採点方針としては、契約の実務において、翻訳者には、契約書原文に記載されていることを正確にかつ読み手に分かりやすく(経営判断しやすく)、翻訳言語で再現することが求められていることを踏まえ、正確性と日本語表現の点に重点を置いています。法律の知識や専門用語の知識などは、内容の正確性・理解容易性が担保できている限り、減点要素にはなっておらず、むしろ加点要素と位置付けています。
 各小問について、まず第4条は、契約を締結するか否かの重要な判断要素の1つとなる「保証」に関するものであり、したがって、何の事項が、どういう条件で約束されているのか、を読み解き、正確にかつ分かりやすく表現できているかに着眼しています。いずれの受験者も、英文記載内容について、文法に即して大意は捉えられていましたが、細かなところでの訳出において、独自の意訳を展開されたり、訳漏れがあったりと、もう少し精巧さがあればと残念に思う点が散見されました。
 たとえば、第2項において、「by an amount pro-rata to such failed Essential Patent」という表現について、「pro-rata to」の解釈に苦慮されたとおぼしき解答が多くありましたが、「pro-rata to」とは「in proportion to」の意味で、ここでは「非充足となった本必須特許に応じて比例案分した金額」という意味になっています。何に対して「比例案分」するのか、を正確に訳出できているか?がポイントであり、この点を曖昧に訳出した解答や独自の解釈で訳出した解答は減点となっています。なお、ここではあくまで「pro-rata to such failed Essential Patent」となっており、非充足本必須特許の数や貢献度、存続期間に応じるとまでは何ら言っていないため、数や貢献度、存続期間などという語を勝手に追加することは禁物です。非充足本必須特許の何に対して比例案分するのか、明記されていないこと自体を、経営判断する者に対して正確に伝え、経営判断としてどうしたいのか(さらなる交渉をしたいのか、それとも曖昧だがこの条項が実際に発動するときに議論すればよいため、目をつぶりたいのかなど)を決めてもらう必要があるためです。
 また、第3項において、「exhausted」という語が登場しますが、こちらは知的財産の文脈では、当該知的財産権が「使い果たされたもの」として、もはやそれ以降権利が及ばない事象をいいます。このニュアンスを正確に出すためには、「消尽」又は「用尽」と訳すべきところです。本問では、「消尽」又は「用尽」と解答していなくとも、知的財産権が「使い果たされた」ことのニュアンスが出ている場合には減点していませんが、「消尽」又は「用尽」という語は、知財関係者にとって基本的用語となりつつありますので、これを機に身につけていただきたい用語の1つといえます。
 最後に、契約結語において、このレターの法的拘束力について言及されていますが、ここでのポイントは、何が法的拘束力を持ち、何が法的拘束力を持たないのかを正確にかつ分かりやすく表現できることです。本問では、「必須ライセンスパッケージの取引を行う」点については、条件付きで法的拘束力なし、としていますが、ここに記載される事項について、後になって再度交渉することはできない点については、法的拘束力あり、としています。よって、この結語のbutまでの前半を「・・・・という意味で、法的拘束力を持たない」という具合に、法的拘束力を持たない範囲を正確に明示できてはじめて点数となるものであり、法的拘束力を持たない範囲が不明瞭なもの、レター全体が法的拘束力を持たないと解答しているものは、減点になっています。
 契約の翻訳において、法律や知的財産の知識を普段から身につけることももちろん重要なのですが、英文内容を噛み砕き日本語で表現しやすいように整理して、日本語で表現していくという翻訳の基礎を鍛えることにより、かなりの範囲まで対応できるものと思います。また、契約も法律文書の一種であるので、細かいところまで正確さを追求する姿勢と、特許翻訳と同様、原文に対して「足さない、引かない」ことが質に大きな影響を与えます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。


※2018年2月1日付けで標準解答に一部誤りがございましたので下線箇所を訂正しております。

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1級/電気・電子工学

第23回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評


 全体としては、実力の高さが感じられる答案が多く、合格答案と不合格答案の差は僅かでした。

 今回の出題では、関係代名詞を多用し修飾関係が読み取りにくい文章が多かったですが、この点、不合格答案の多くは、修飾関係を読み誤っていたように思います。
 また、単語の訳出に関し、技術の背景を考慮せずに訳語を当てはめてしまった結果、全体として不明確又は論旨一貫しない訳出となってしまっている答案も目につきました。技術英文の翻訳では、技術の理解も大事ですので、常日頃、基本技術や最新技術の勉強を怠らないように心がけて下さい。
 そして(毎回申し上げていることですが)特許翻訳では原文に忠実に訳出することが求められますが、不合格答案の多くは、その意識が十分でないように思われる答案も散見されました。短文化したり、読みやすい表現に変えることは好ましいことがですが、意味が変わってしまうような訳出をすることは避けなければいけません。例えば、幾つかの答案は、受動態を能動態に置き換えてしまっていました。大きな意味としては受動態と能動態にしても変わることは無いわけですが、文章中の主役は変わってしまうため、「言いたいこと」は微妙に変わってしまうことがあります。
 問3については、現在最も話題性の高い「人工知能」に関する問題を出題しました。この分野に詳しいという方はまだ殆どいないだろうと思われましたが、こうした新規分野を大きなミスをすることなく訳出することが一流の翻訳者への第1歩だという考えの下、この問題を出題しました。この問題では、特に本検定は、自宅でインターネット等を駆使して調査することも許容されていますが、そのような調査が十分でない結果、当該分野では使うことが無い用語を選んでしまっていると思われる答案も見受けられました。調査能力を上げることも、翻訳の質を上げる上で重要だと思います。



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1級/機械工学

第23回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評


 今回も全般的に回答のレベルがかなり高く、合格ラインを伺うレベルの受験者が何名もいました。合格者も通常より多かったものの、満点の方はおらず、各合格者も何かしらのミスや誤訳を含んだ状態での合格です。ただ、不合格にするレベルのミスではなく、他には減点すべき項目がほぼない状態ということです。
 減点の大きな要素は相変わらず、原文に引きずられて執筆者の意図と異なった技術内容を書いてしまう、という点です。特に係り受けでミスをしないためには、見切り発進をせず、まず技術内容をきちんと把握した上で翻訳を始めることが必要です。
【問1】
 特に難しい技術内容ではありませんが、長い文をどこで切れば良いのかで四苦八苦された方が多かったようです。そこで解答例は、模範的な良い翻訳というよりは、「こういう風に考えても良いんじゃないでしょうか」的なものにしました。特に、and/or の処理に注目です。クレームなどでは厳密に及び/またはにする必要がありますが、ここでは厳密に定義しているのではなく、従来技術をざっくりと大まかに話しています。そのため、和文では「や」「など」で十分に対処できます。逆に「及び/または」を徹底すると、本来の英文にはない区別を和文で作ってしまうことも有り得ます。この点に関しては減点の対象にはしていませんが、上手に処理できた方には加点をしています。残念ながら、この加点を受けた方が皆合格したわけではありません。
【問2】
 図面さえあればほとんど誰でも間違いなく翻訳できる文に、あえて図面をつけず、形状を文から読み取る問題としました。Lopperの訳には様々ありますが、ここでは両手で操作する枝切り鋏に相当するものであればOKです。英語のLopperは正式な名称ではなく一般的な表現です。Lop off(ぶった切る)をするものであれば何でもlopperになります。確かに枝切りノコギリもlopperですが、技術内容から見て明らかに誤っているので、このような表現をされた方は減点の対象になってしまいました。
 Leverage profileの訳語に多くの方が苦労されていましたが、要するにこの構造におけるテコの特性であることを表現できていれば良いです。また、branch or tree limbでは、同様の意味を持つ両者を強引に翻訳する必要はなく、「木の枝など」で十分です。ここも減点はしていませんが、全体を通して直訳的で極めて読みづらい文は、少々減点しています。全体を通して、仕組みを正しく理解し翻訳できた方が大半でした。
【問3】
 電子ビーム溶接装置の構造に関する発明を対象とするクレーム翻訳でした。電子ビーム溶接装置は、一般的に知られていない技術ですが、クレームの記載を図面で確認すれば基礎的な技術的知識で理解できる問題としています。機械工学分野の1級の試験として、受験生の力を試すために以下の2つの採点ポイントを設定しました。

(1)第1の採点ポイント

a valve (23) configured to seal the cathode (19) and the anode (22) in the outer housing (16) in a first position thereof and to provide an electron-beam path through which an electron beam passes in a second position thereof; and
 先ず、バルブ(23)の構成において、第1の位置(first position thereof)と、第2の位置(second position thereof)の技術的な意義を理解する必要があります。しかしながら、thereofの解釈が問題となります。「first position thereof」は、「first position of it」の意味を有し、itが何を指しているかが問題となります。「of it」と記載すると、非常に違和感があります。「thereof」も同じように曖昧となる可能性がありますが、「thereof」を使用して簡潔な表現とすることを望む実務家も多いです。
 したがいまして、英日翻訳では、「thereof」の訳出に慣れておく必要があります。ただし、日英翻訳では、「thereof」や「therefor」等を積極的に使う弁理士と嫌う弁理士とがいますので注意が必要です。
 バルブ(23)の構成では、バルブ(23)が開閉機能を有し、可動部品であることに気づけば、「first position thereof」が「first position of the valve (23)」で「second position thereof」が「second position of the valve (23)」であることが分かると思います。この構成は、カソード(19)、アノード(22)及びバルブ(23)の位置関係から図面において確認することができます。

(2)第2の採点ポイント

the first liquid flow path (18) has a portion close to the plurality of conductors (32) for a first liquid to cool the plurality of conductors (32) and the solid dielectric insulator (17) heated by the cathode (19) using flow of the first liquid in the first liquid flow path (18), and
 第1液体流路(18)の構成を限定している記載においては、「a portion close to the plurality of conductors (32) for a first liquid to cool」の訳出の仕方が問題となります。色々な訳がありましたが、@第1液体流路(18)が複数の導電体(32)の近傍部分を有し、Aその近傍部分に第1液体が流れることで複数の導電体(32)等を冷却するという構造と機能の関係が明確に分かるように訳してあれば全て正解としました。
 機械工学分野の特許翻訳では、図面で構造を確認しつつ、構造と機能の有機的な関係を意識して訳すと良い翻訳となります。

(3)その他

a cathode (19) electrically coupled to the high-voltage supply unit through the plurality of conductors (32) in the solid dielectric insulator (17);
 「electrically coupled」で「connected」ではなく、「coupled」が使用されていることに戸惑った方もいらっしゃったようです。米国弁護士には、過去のCAFC判決(注参照)を考慮し、「connect」を嫌って比較的に広い意味を有する「coupled」を好む方もいます。この問題では、「electrically」(電気的に)という副詞があるので、「接続」と訳して問題ありませんし、結合でも問題ありません。
 原文の用語の選定に少し違和感がある場合には、判例やその他の事情があるかも知れないと考えて、深入りせずに、気になった場合にはコメントしておけば良いと思います。

 注:合衆国特許クレーム作成の実務(米国特許弁護士アイラ・エイチ・ドナー著、弁理士友野英三訳、P244〜247)。

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1級/化 学

第23回 知的財産翻訳検定 1級/化 学  講評


 全体的に高レベルで、簡単なミスに気を付けるだけで合格レベルに達する受験者が多数でした。気になった点は、文中の修飾部分のかかる範囲を、その修飾部分の直前直後の言葉のみと解釈して訳している人が多かったことです。少しでも不安な場合は、技術的内容を調査し、理解してから翻訳してください。
 マイナスではありませんが、翻訳者としての基本姿勢として、常識の範囲内でカタカナではなく日本語に訳しましょう(「ロス」ではなく「損失」を使用する等)。
 特許文書でのandやorなどの訳は、基本的に「および」「ならびに」「又は」「若しくは」を使用し、かつ法律辞書に従った使い方をしてください。
 なお、特許請求の範囲の誤訳は致命的です。特に注意して翻訳してください。また、数字やアルファベットの誤訳は、明細書の他の部分に正確な記載がない場合は根拠がありませんので、補正できません。コピーやタイプをする際に気を付けてください。
 詳細な説明部分では、正確性を担保した範囲内で、読み手が理解しやすい文章が求められます。正確性に関しては、丁寧さが重要ですが、その専門分野での適切な日本語訳を使用することも求められます。インターネットなどで簡単に調査できますので、その技術に特有の適切な言葉、言い回しがないかも確認する癖をつけるようにしましょう。内容が正確であれば、長文を適切な部分で区切って2以上の文にすることも問題はありません。なお、読みやすくする目的だったとしても、削除は許されませんし、言葉を補った結果、不正確な翻訳となる可能性がありますので、充分に気を付けてください。

【問1】
 特許請求の範囲は、権利範囲を確定させる役割を持ちますので、正確性はもちろんですが、範囲の外縁を変更したり狭めたりすることのないように気を付けましょう。詳細な説明の翻訳もそうですが、不適切な用語を採用したため、不明瞭である、こう解釈するべきだ、などの争いごとの種が増えることは、そのまま出願人の不利益になります。
 最初の問に時間を取られすぎたのか、後半の訳が荒くなる解答もありましたので、時間配分に注意してください。
 特許請求の範囲に記載されたtheは、その前に記載されているものを示す大切な用語ですので、theの訳は省略しないでください。
 本件発明の対象はcurable film ですのでsettingは硬化処理になります。

【問2】
 訳者自身が得意分野でない場合は、インターネットなどで必要な知識を調査する姿勢と、必要性を認識する勘が必要です。Textureは生地ではないかもしれない、と疑問に思って調査すると、製品表面に付加加工されている微小な凹凸であることがわかります(http://www.cs.ce.nihon-u.ac.jp/~koba/paper/05-1.pdf)。
 似たような言葉でもまとめて翻訳せず、逐語訳を心がけてください。resistance to abrasion and wearでは、abrasionとwearそれぞれに訳語を付けておくと、何に対するresistance か正確になり、範囲が広がります。

【問3】
 問3は、染料に関する実施形態の問題です。本問は、原文理解力に加え、訳語調査能力が問われる問題でした。染料分野はなじみがないという受験者がほとんどだったと思いますが、実務ではこのような未知の分野の案件に出会うことも少なくありませんので、訳語調査能力は翻訳者にとって非常に重要な能力です。
 本問の主題であるdyeは「染料」を意味します。辞書を調べると「色素」という訳語も見つかりますが、ここで「色素」と訳してしまうと「顔料」(pigment)も含まれてしまいます。両者の違いをよく確認してください。
 exhaustは、文脈によってさまざまな意味で用いられますが、染料分野では「吸尽」や「染着」と訳されます。またprintは、通常「印刷」と訳されますが、染料分野では「捺染」という用語が多く使われています。他にもfixingやfastnessなど、染料分野に特有の用語が数多く登場しますので、限られた時間内で最低限必要な調査ができたかどうかがポイントとなります。

【問4】
 問4は、加水分解反応に関する実施例の問題です。本問では、操作の内容を十分理解し、適切に訳している解答が多く見られました。
 冒頭の化合物名は、構造と命名法を把握しないとうまく訳せません。この化合物はエステルですので、命名法に従えば「2−ベンジル−3−ヒドロキシグルタル酸ジエチル」となります。毎回命名法で減点となっている受験者が多くいらっしゃいますので、受験に臨む際には命名法をよく確認してください。
 原文の理解度が問われたのはbasicの訳し方です。ここでのbasicは、NaOHを用いていることからもわかるように、「基本的」でなく「塩基性」です。スペルは同じですが、意味は全く異なりますので注意が必要です。またincubateは、ここでは生物でなく物質に対して用いていますので、「培養」と訳すのは不自然です。その後にthe reaction progressという表現が続きますので、それに合わせて「反応させる」と訳すとよいでしょう。

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1級/バイオテクノロジー

第23回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー  講評


 全体に、日本語が綺麗に訳されているが技術内容が今一歩の訳文と、技術は理解されているが日本語として今一歩の訳文に分かれました。技術内容が正しく、日本語としても正しく表現されている翻訳を目指してください。
【問2】
 問2は、それほど難しい問題ではないとも思いましたが、かっこ内の訳が全滅でした。「hydrolysis reaction」と「changing the configuration」を対等にして訳されていましたが、orの前にカンマがあること、revealing と changing が同じ形であること、さらに内容の面から、orはrevealing以下をchanging以下に言い換えているものと考えられます。
 「refer to」を「?を指す」と訳している方が多かったのですが、「指す」というのは指す「対象」が必要です。元来、「指さす」を原義とし、例えば、「3行目の「それ」は、何を指していますか?」というのは、「それ」が何を標的にして、引用しているのか、という意味であって、純粋に何を意味しているかという意味ではありません。「refer to」は、「to have a direct connection or relationship to (something)」という意味であって、「?のことである」、「?をいう」、「?を意味する」という訳を考えてください。
【問3】
 問3は、ノックアウトマウスの基本的な作製方法です。それがわかれば、「targeted ES clones」のtargetedは、「遺伝子置換された」という意味であることがわかります。target(標的)と訳されている方が多かったですが、形が違うことから意味が違うことに気づいてください。「direct differentiation」と「directed differentiation」なども、よく混同して誤訳される一例です。
 全体に、ホストマウスの毛色(黒色)をbackground color(地の色)と考え、その中にES細胞によるアグーチの色が斑状に混じる、という観点からキメラマウスの毛色が表現されていますので、それを頭において考えると、意味がわかりやすいのではないかと思います。
 「low percentage chimeras」の 「low percentage」とは、すぐ後のカッコ内に書かれているように、「low percentage of agouti pigmentation」という意味であって、直前の文で、説明されている「the extent of ES cell contribution」を受けて、「ES細胞の割合が低い」という意味で用いられています。ES細胞は未分化能を維持したまま操作するのが難しく、クローンによって、良いクローン(キメラを作りやすい、または生殖系列キメラを作ることができるもの)と悪いクローン(キメラを作りにくい、または生殖系列キメラを作ることができないもの)が分かれます。ここでは、クローン264が良いクローンなので、キメラマウスの交配に用いたとされています。
 breedは、「繁殖する」の意味ではなく、mate(交配する)の意味で用いられています。交配して、仔マウスの毛色を見ることで、ES細胞由来かホストマウスの細胞由来かがわかります。

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2級

第23回 知的財産翻訳検定 2級 講評

1.冠詞を無視または軽視する傾向が非常に多く目につきました。冠詞の無視によって文章のつながりが切れるという感覚を持つ必要があります。
例:問1
[0003] Accordingly, the invention 本発明 is directed to an ergonomic case for a smartphone. The case このケース features contoured finger grips at appropriate locations around the outside surface, in a pattern that provides a comfortable and ergonomic grip for a hand. Specifically, three or four finger indentations are provided in the position of use in voice calling mode. The finger indentations この指用凹部may be located on either side, depending on whether the particular embodiment is intended for right or left handed users. An additional thumb indentation may optionally be provided on the opposite side. The finger indentations and thumb indentations この指用凹部および親指用凹部are used to hold the smartphone, to provide a more comfortable and secure grip for the fingers, and may include ridges or another high-friction surface in the indentations.
例2:問2
[0045] It will be understood that when an element or layer ある部品または層 is referred to as being "connected to" or "coupled to" another element or layer, it can be directly connected or coupled to the other element or layer or intervening elements or layers may be present.

2.基本的表現が不正確な例が見られました。
[0001] This Application claims priority to U.S. Provisional Application No. 61/811,158, filed on Apr. 12, 2013, which is hereby incorporated by reference.
のto Xは、Xに「対する/基づく」、すなわちXという仮出願に「対して/基づいて(この出願の内容に対して、この出願の内容を基にして)」優先権を主張するという意味であり、単なるof「の」ではありません。
Xのof優先権では意味をなさないことを理解して欲しいと思います。
「参照による引用」(Incorporation by Reference)は米国においては確立された実務です。外内案件(英文和訳)を専門になさる場合であっても、特許翻訳を志す以上、特許制度や実務についても知っておく必要があります。

さらに、
As used herein、
Like numerals refer to like elements throughout.
It will be understood that--
などの基本的な表現ができていない解答が少なからずありました。

3.請求項の構成要件の構造の理解が不足している例が多かったと感じました。

特定の装置を用いて何かを行う方法の発明を規定する方法クレームにおいては、まずそのような装置を用意する(提供する)ことが最初のステップとなります。そのステップの記述においては、当該装置をモノの発明のクレームにおけると同様にモノの構成要素によって定義します。
A method for preparing yogurt, comprising:
(a) providing an appliance comprising a housing having a base and side walls defining a warming chamber with an open top, the chamber adapted to be warmed by an electrical element, a cover for the open top, one of the cover and the base having an air vent opening therein, a paddle member supported for relative movement relative to the base and side walls of the housing, an occluding member movable from a first position occluding the air vent opening to a second position in which the air vent opening is uncovered, and a drive motor operatively coupled for imparting movement to the paddle member and occluding member;
この(a)については、「最初のステップとして提供(provide)される装置(appliance)が以下の構成要素を持つ」という原文の定義意図を読み解けなかった解答が目につきました。
(a) providing an appliance comprising
a housing having a base and side walls defining a warming chamber with an open top, the chamber adapted to be warmed by an electrical element,
a cover for the open top, one of the cover and the base having an air vent opening therein,
a paddle member supported for relative movement relative to the base and side walls of the housing,
an occluding member movable from a first position occluding the air vent opening to a second position in which the air vent opening is uncovered,
and
a drive motor operatively coupled for imparting movement to the paddle member and occluding member;

4.問2は、多くの明細書で使用する用語の定義を述べたものです。
[0045] It will be understood that when an element or layer is referred to as being "connected to" or "coupled to" another element or layer, it can be directly connected or coupled to the other element or layer or intervening elements or layers may be present. In contrast, when an element is referred to as being "directly connected to" or "directly coupled to" another element or layer, there are no intervening elements or layers present. Like numerals refer to like elements throughout. As used herein, the term "and/or" includes any and all combinations of one or more of the associated listed items.
これは大変基礎的な知識で応用例が多く重要ですが、できている人とできていない人の差が大きかった問題です。

5.原文の不備に対する対応
(These terms are only used to distinguish one element, component, region, layer or section from another region, layer or section.において後半にelementが抜けている)は、コメントで指摘して対応すべきでしょうが、しっかり対応した例は一例のみでした。
多くは「原文のまま訳してある」ので、これはこれでよいのかもしれませんが、原文の明らかな間違いはコメントとして対応するともっと良いと思います。

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3級

第23回 知的財産翻訳検定 3級 講評


 解答例と解説をご覧ください。


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〒160-0023 東京都新宿区西新宿6-10-1 日土地西新宿ビル7F
TEL 03-5909-1188 FAX 03-5909-1189
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