第30回知的財産翻訳検定試験 参考解答訳と講評



参考解答訳および講評の掲載にあたって

 当然のことながら翻訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見ても間違い」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「参考解答訳」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら今後の検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「参考解答訳に対する意見」という表題で検定事務局宛にemail<kentei(at)nipta.org>でお寄せください。(※「(at)は通常のメールアドレスの「@」を意味しています。迷惑メール防止対策のため、このような表示をしておりますので、予めご了承ください。)


 ※採点方法等につきましては、知的財産翻訳検定試験 採点要領 をご確認ください。


1級/知財法務実務


第30回 知的財産翻訳検定 1級/知財法務実務 講評

【問1】
 これまで知財法務実務という科目設定の趣旨を踏まえる形で、特許権に係わる訴訟の判決文を題材としてたびたび取り上げてきました。主として侵害論から作問することが多かったのですが、今回は、損害論の部分に光を当ててみました。出典は、知的財産高等裁判所 令和2年2月28日判決言渡 平成31年(ネ)第10003号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成28年(ワ)第5345号)です。
・出題のねらい
 令和元年の特許法改正において、特許権の侵害の可能性がある場合、中立な技術専門家が、特許権の侵害立証に必要な調査を行うことができるとする査証制度の創設と並んで、損害賠償額算定方法の見直しが盛り込まれました。権利者の生産・販売能力等を超える部分の損害を認定できるようにするとともに、ライセンス料相当額の増額を可能とすることで、いわゆる「侵害のし得」といった状況を改善する目的を持たせたとされています。そこで、知的財産権訴訟の損害論に登場する特有の用語や表現に馴れておくことも今後の知財法務実務分野の翻訳では意味があるのではないかと考え本問出題に至りました。
・問題のポイント
 出典の事案は、被告製品である美容器(美容ローラー)を販売等することが、原告の特許権を侵害するとして争われた特許権侵害訴訟です。その中で、裁判所は、特許法102条1項の損害額は特許権者が製品販売によって得られる限界利益の全額が逸失利益となると推定されるとした上で、原告特許発明の特徴部分がその利益のすべてに貢献しているとは言えないため、逸失利益の一部が覆滅されると判示しました。
 文章の論理性を重んじる判決文の特徴として、本問でも一文が比較的長くなっています。アメリカの特許クレームのように、一文で記載することが求められているような場合は別として、本問では、接続詞で結ばれている長い文を、原文の意味を損なうことなく切り分けて読み下しやすい日本語とする必要があるでしょう。その意味で、翻訳にかかる前に、問題文をどのように短文として消化しておくかが翻訳結果を左右すると言えると思います。
 また、「というべきである」、「しているものといえる」、「と認められる」、「とはいえない」といった、裁判所の見解陳述において頻出する言い回しをどのように訳出するかも、読みやすい翻訳文にできるかどうかに影響します。例えば、It should be said that.... 等と、原文の構造に寄った翻訳としてよいか、考えどころです。原文には表れていない「当裁判所」等の隠れた主語を使って再構成することも考えられます。
 また、「限界利益」、「逸失利益」、「顧客吸引力」、「覆滅」といった、本問主題に関しては頻出すると考えられる用語の定番訳語を押さえておくことも、翻訳の品質向上・効率向上に役立つでしょう。
 いずれにしても、判決文等の翻訳にあっては、原文の意味から離れないことを前提として、原文の構造に囚われすぎないことが、読みやすい良質な訳文の提供につながると思います。
 
 今回残念ながら合格の方は出ませんでしたが、次回以降も多くの方が本検定試験に挑戦されることを期待しています。

【問2】
 「知財法務実務」の翻訳に携わる方とは、特許事務所・法律事務所、企業内知財部・法務部等のそれぞれの立場において、いわゆる特許明細書翻訳以外の翻訳ニーズを満たすことを期待されている人材との想定の下、「知財」の名の示すとおり特許以外の分野にも「法務」の名の示すとおり権利活用・行使の場面にも対応することのできるジェネラリストとして、かつ法律関連文書を取り扱うことのできるスペシャリストとしての力量を試すことを目的としています。
 上記に鑑みて、本問では、ジェネラリストとして「あまり知識のない分野の題材であっても、想像力を駆使して設定背景を咀嚼することのできる力」、またスペシャリストとして「文書の細部にまでこだわることのできる力」を見ることに主眼を置いています。したがって、従来から繰り返し強調しているとおり、今回の場合であれば、秘密管理や就業規則などの知識は何ら要求しておらず(これらはあれば加点要素です。)、「原文咀嚼」と「細部までの正確性」とをどこまで追求できているかを判断基準としています。
≪各小問共通の点として:≫
 ・誓約/誓約書という語について、特に「oath」と混同されているとおぼしき答案が見られました。法的な意味合いにおいて、「誓約」とは、所定の作為又は不作為をなす義務を一方的に負担することを言明することを一般にはいい、この語に相当する単語してしては、covenantが適切です。誓約の語として、pledgeという語を使用された答案もありましたが(減点にはしていません)、法律用語というより一般用語なので、法的義務を伴う文脈においては、covenantを用いることをお勧めします。なお、「誓約書」は一般にletter of covenantというところ、特許関係でよく登場するoathも日本語では同じく誓約書と訳されることが多く混同しがちではありますが、covenantとは、あくまで二者間において一方が他方に対して法的義務を負うものであるのに対し、oathとは公的機関(裁判所や特許庁など)に対して、偽証罪に問われ得ることを認諾して何かを供述することをいいます。よって、問2の文脈では、二者の私人間における関係をいうに過ぎないので、oathは不適切と言わざるを得ません(減点はしていません。)。
 ・誓約の内容について、covenantの対象は、to 動詞又はthat節により示しますが、答案の中には、本来誓約の内容に含まれるべきものが誓約の対象となっていないものが見られました。問2第3条は、「私」が誓約しているのは、「紛争が起きた場合、この紛争を私が解決すること」ですが、これを例えば、If a dispute arises, I covenant to resolve such disputeとしてしまうと、「紛争が起きた場合」には、「この紛争を私が解決すること」を(紛争時点になって初めて)誓約する、という意味になってしまいますので、「・・・の場合」が誓約行為そのものの条件になっているのか、又は誓約内容が発動する条件になっているのかの見極めが肝要です。問2第3条では、誓約内容が発動する条件となっていますので、I covenant to, if a dispute arises, resolve such disputeとする必要があります。
 ・過去形の適否について、問2においては、「着想又は創作した」や「紛争が生じた」、「当該第三者が被った」という一見日本語では過去形に相当する語が使用されますが、英語でも過去形を用いるべきかは、この誓約時点における過去の事実に言及しているのか(過去形使用が相当)、それともこの誓約時点における未来の事実ではあるが、「完了」の意味合いを出すために日本語では過去形にされているのか(完了形使用が相当)を見極める必要があります。本問ではいずれも文脈上「完了」の意味合いとして読み取っていただきたいところなので、英文では完了形にしていただきたいところですが、過去形であったとしても減点にはしていません(過去形を以て完了の意味を含める用法が英語でも一部見られるため)。ただし、これを機に、この違いについては意識いただければと思います。
≪各小問個別の点として:≫
 第1条
 ・「知り得た」について、disclosedやobtainedと訳出された解答が見られましたが、「知り得た」とは、「知ろうと思えば知ることができた。実際に知ったかどうかは問わない」という意味ですので、単に「開示された」(=disclosed)や「知得された」(=obtained)では不足です。ここでは、made accessibleとされてはどうかと思います。
 第2条
 ・知的財産と知的財産権について、本問では、「知的財産」と言っていますので、「intellectual property」と訳出すべきところ、「intellectual property right」(=知的財産権)と訳出された例が見られました。知的財産とは、発明、考案、デザイン、商標、著作物、ノウハウなどの「モノ」そのものをいいますが、知的財産権には、当該「モノ」について生じる特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、ノウハウに係る権利をいいますので、似て非なるものです。区別に気をつけたいところです。
 ・「帰属」について、過去にも言及したことがございますが、「belong to」と訳出するといかにも翻訳調であり、法律的に財産の所有関係を示すのにはあまり多用されません。「vested in」や「be a property of」と訳出されるとより法律英語らしい訳になります。
 ・「〜に準じて取り扱う」について、ここでは「前条に準じて取り扱う」との文脈で登場しますが、この意味するところは、「前条そのものを適用できるわけではないが、前条の規定のうち必要な個所には読み替えその他訂正を加えて、適用する」というものです(法的文脈で「準じる」とは、「必要な読み替え・訂正を加えて」の意味です。)。「準じて」というのは、ラテン語で「mutatis mutandis」というのがぴったり当てはまりますので、これを機に使用されることをお勧めします。
 第3条
 ・「責任」について、法律文書でいう「責任」には2種類あります。1つは、応じる責任を意味する「責任」(=responsibility)で、もう1つは、金銭賠償を行うなどを行う終局的責任を意味する「責任」(=liability)です。例えば、会社の経営する店舗での接客を例に取ると、店舗店員は、顧客に接客することを職務とするものですから、接客のresponsibilityを負いますが、何か顧客に迷惑をかけた際に、払い戻しなどの金銭的な対応や従業員の教育責任などを問われるのは、店舗(又は会社)ですので、その意味で、店舗(又は会社)は、接客のliabilityを負っているといえます。本問では、「私の責任」とは、少なくとも「liability」は間違いなく負うべきとして「liability」のみを掲げていますが、responsibility及びliabilityの双方を伴うものとも考えて、両方を記載してもよいかと思います。
 ・「免責する」について、行政府などの公的機関が私人に与える「免責」という意味では、exemptが適語かと思いますが、私人対私人の文脈では仰々しいので、この場合には、release(from the duties or liabilities)かhold 人 harmless from(迷惑をかけない)を用いることが多いです。
 ・「賠償する」について、compensateと訳しても誤りではありませんが、やや法律文書としてしっくりこない感も否めないので、indemnifyを用いることをお勧めします。
 ・「解決する」について、事態を収めるという意味で、settleということもできますが、settleには「和解する」(=相互に譲歩して紛争を解決したことにし、蒸し返しを原則許さないという法律用語)という意味もありますので、「和解」との混同を避けたい場合には、resolveを使用することもお勧めします。
 最後に、繰り返しではありますが、どの分野の翻訳でも和文和訳(字面追いは厳禁)を徹底すること、また法務分野では原文に対して「足さない、引かない」こと、細部までこだわることが質に大きな影響を与えます。残念ながら今回合格とならなかった受験者にも、上記した点などを参考にされ、ぜひ再度チャレンジしていただきたいと思います。

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1級/電気・電子工学

第30回 知的財産翻訳検定 1級/電気・電子工学 講評


【総論】
 多くの答案は、総じて高いレベルにありました。合格者と不合格者の差はほんの僅かでした。小さいミスや訳落ちを少なくすることが出来た答案が合格となった印象です。不合格の答案にも、読み易く洗練された表現をされていた答案も多くありました。おそらくは、経験値と、処理スピードの差、若干の集中力の差により点数の差が生じているものと思います。残念ながら僅かに不合格となった受講生の皆様は、めげずに再挑戦していただきたいと思います。一方、めでたく合格となった受講生も、今一度ご自身の答案を見直して、改善点がないかを検討していただければ幸甚です。
 なお、僅かに不合格となった答案には、若干字面だけを追ったと思える答案も見られました。訳出においては、一文一文に近視眼的にならず、一パラグラフ単位で原文の意味を正確に理解することが必要であると思います。
 
【各論】
(1)問1に関しては、「ドップラー周波数の候補」に関し、単数にするか複数にするかが問題となります。講師陣では、「推定ドップラー周波数の候補を記録した参照情報」、及び「取得した前記受信波の受信電力レベルに基づいて前記推定ドップラー周波数の候補を算出し」の「候補」は、文脈から複数形にすべきと考え、単数は減点の対象としました。こうした単複の処理は、特に請求項では気を使うべきところであり、実力が分かれる部分と感じます。
 
(2)問2に関しては、「連係」に関し、interconnect という訳語を充てた答案が散見されました。しかし、ここでの「連係」は、系統電源と燃料電池が協働するようなイメージですから、cooperation などを充てるのが妥当と思われます(interconnect=相互接続は、文脈に合わないと考えます)。
 
(3)問3は、START2以降が若干文脈の理解が難しく、特に「粒度」に関する文章が訳出に迷われたものと思います。このため、やや文意から離れたり、元の文章構造から必要以上に離れてしまっている答案も散見されました。いわゆる「『逐語訳』に過剰に拘ることは不要ですが、できるだけ原文の意味は勿論、構造も生かすような訳出を目指すのが、一流の特許翻訳者であろうと思います。

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1級/機械工学

第30回 知的財産翻訳検定 1級/機械工学 講評


 今回の回答のひとつの特徴としては、技術的内容が理解できなかったり勘違いしたりしていた受験者は少なく、「正しく理解した技術内容を正確に英語で表現できなかった」受験者が多かったように思えます。別の言い方をするならば、より多くの英語表現を職人道具として持ち、使いこなせるようになることの大切さが顕著に現れた内容になったと思います。

【問1】
 問1は、イカ釣り漁船という変わった内容でしたが、「仕組み」である以上は特許が関わり得るものであり、特許翻訳の対象でもあります。この問で致命的な誤訳はあまり見られませんでしたが、この問における減点だけで合格ラインを割ってしまった、細かいミスが非常に多い受験者は何名もいました。
 まず、毎回のことですが、長い文をそのまま翻訳すると、意味がわかりにくくなったり、係り受けが曖昧になったりするリスクがあります。和文通りに、しかも非常に正確にわかりやすく翻訳された素晴らしい回答もありましたが、なかなかできないことです。文を分けるにしても、この段落のようにたくさんの「役者」が登場するシーンでは、最初に「登場人物」をリストアップして記載し、そこからそれらをひとつずつ紹介していくという方法があります。今回の参考解答ではそのような書き方をしてみました。
 「案内ローラDを通って」の「通って」」をほとんどの方が through と訳されましたが、これは実は不正確な表現です。なぜなら、through は「中を通って」の意味だからです。ローラや滑車の場合、中を通るのではなく上を通るので、run overのような表現が適切です。
 イカが自然に自重落下する表現で苦労された方がだいぶ多かったようです。Squidの複数形としてはsquid、squidsはどちらも正しいので、いずれもOKとしました。自重落下に関しては、"fall/drop under … own weight" が標準的な表現ですが、ここで思いがけないミスが多発しました。イカをsquidsとしたのに合わせて、weightをweightsとしてしまった方がいました。「自重」はあくまでもown weightが慣用句であり、own weightsにはしません(weightsは「重り」を連想させます)。「自然に」を色々と工夫された方もおられましたが、naturally drop/fallで十分です。
 「釣針が案内ローラDから巻き上げドラムBへ至る間に」に意外な落とし穴がありました。意味としては、釣針がまず案内ローラDを通過し、巻き上げドラムBに向けて移動している間に、ということです。しかし、the fishhooks reach from the guide rollers D to the winch drums Bというような回答が多く見られました。フレーズ reach from A to Bは、extend from A to Bと同じで「AからBまで延びる」という意味です。これでは、ローラからドラムまでまたがるような巨大な釣針になってしまい、完全な誤訳です。
 非常に驚いたのが、過去の死亡事故の事例を現在形で翻訳している方の数でした。確かに、一昔前までは過去分詞で書いていた内容も現在形で書こうという風潮が一部あるようです。しかし、これを現在形で書いてしまったら、これらの事故が恒常的に発生していることになってしまいます。ライティング・スタイルというものは私たちの手助けになるためのものであって、逆に振り回されてしまったら本末転倒です。
 「考案が解決しようとする課題」の見出しは、米国出願では本来不要なものです。ただ、翻訳実務の現場では「和文に記載されているものは一通り翻訳すること」というような考え方も一部存在するため、この見出しはあってもなくてもOKとしました。

【問2】
 問2は一転して素直な内容ですので、ミスはそこまで多く見られませんでした。和文原典に誤記があり、「負荷・軸径・摩擦係数記憶部21」とあるのは、実は「負荷・軸径・摩擦係数・圧力角記憶部21」です(段落0012、図1参照)。ただ、修正に関する指示を出していなかったため、このまま翻訳された方は減点にせず、修正の上にメモまで記載された方は加点の対象としました。
 さて、このような長い名称を翻訳する場合、いくつかの対処法があります。参考解答ではハイフンとスラッシュでつなぐ方法を紹介していますが、スラッシュは択一を意味するため全部ハイフンのようが良いという考え方もありますし、単に「記憶部21」として残りは説明文に含める方法もあります。いずれの方法でもOKとしましたが、和文通りでない方法を取った場合には、メモを付すことが前提になると考えます。
 「注目しているギア」の表現に戸惑った方もおられたようで、「注目を浴びているギア」や「焦点が合っているギア」のような訳も見受けられました。しかしこれはギアに限った表現ではなく、いくつか並んでいるものを、周囲のものとの関係を計算しながら次々と処理していく技術では一般的に使われます。ここではgear of interestが通常の表現ですが、例えば画像処理でピクセルをひとつずつ処理していく場合は、現在処理中のピクセルはpixel of interestになります。

【問3】
 問3は、トレーラの床製造方法を対象とするクレーム翻訳です。本問題では、問題文中に「PCTの各国移行用の翻訳文として英訳して下さい。工程の語は、「step of」を使用して訳してください。」との注記を入れました。
(1)発明の特徴
 方法クレームは、一般に、各工程と、必要に応じて各工程での使用を前提とする構造とを備えています。この例では、工程には、内側床ユニット形成工程、仮組床ユニット形成工程、幅寸法調整工程、溶接工程及び仮組床ユニット形成工程を限定する工程があります。構造は、内側床ユニット(70)の幅方向両端に関する構造の限定があります。
 このような場合、一般には、内側床ユニット(70)の幅方向両端に特徴的な構造があって、その構造を使用する工程に方法上の特徴がある場合が多いです。具体的には、本発明は、「溶接にて前記幅調整板(50)に接合される継手板(55)」という構造上の特徴の使用を前提としています。本発明は、本構造上の特徴を使用する「前記幅調整板(50)と前記継手板(55)が重合した状態で前記内側床ユニット(70)と前記端部床構成材(37)とが仮組み」という工程及び「幅寸法を調整しつつ、前記ガイド壁(75)に前記端部床構成材(37)を固定する幅寸法調整工程」という工程とを発明の特徴としています。
 このような発明の特徴を考慮すると、「溶接にて前記幅調整板(50)に接合される継手板(55)」における「接合される」は、接合済みではなく、接合予定であることが分かります。溶接で接合されると、幅寸法の調整が出来なくなるからです。したがいまして、「接合される」は、たとえば「joined」ではなく、「to be joined」等と訳されていると、翻訳を受け取った外国担当実務者は安心します。半分近くの答案は、技術的特徴をよく理解して翻訳してありました。この点はさすがです。
(2)PCTの各国移行用の翻訳文
 翻訳仕様で「PCTの各国移行用」とあった場合には、外国担当実務者は、欧州等への移行を考慮して忠実な翻訳を期待している可能性があります。たとえば欧州特許庁や英国特許庁は、補正の制限が非常に厳しく、用語の変更や追加が極めて難しいという特徴があるからです。従いまして、具体的には、たとえば「幅寸法」という語は、米国出願用では、簡潔な「width」又は少し冗長な「width dimension」と訳されることが多いですが、「PCTの各国移行用」の場合、少し冗長な「width dimension」と訳しておく方が無難です。
(3)「respectively」や「each」
 原文に、各やそれぞれといった語が無いのに、「respectively」や「each」の語を補っている案件が散見されました。使いたくなる気持ちは分かりますが、クレームでは意図しない限定となって権利行使上問題となる可能性もあるので、出来るだけ使わずに表現してください。実務上、使わざるを得ないときには、コメントした方が良いです。さらに、「respectively」は、文法上、使い方の制限が多いので、誤用に気をつけてください。

 最後に、英語の諺です。
 "You can't spend what you don't have."
 日本語で言えば「無い袖は振れぬ」あたりでしょうか。いくら原文の技術と意図が理解できたにしても、それをターゲット言語で表現できる語彙とスキルがなければ、翻訳になりません。自分が直接携わっている仕事に限らず、幅広く表現力を身につけておくことが大切です。

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1級/化 学

第30回 知的財産翻訳検定 1級/化 学  講評


【全体】
 今回、ほとんどの受験者がある程度以上の英文になっていました。なので、個別コメント量は少なめにして、総合全体講評を詳細に記載します。
 解答レベルが一見上昇したように見えるのは、電子辞書やネット、AI翻訳を活用してらっしゃるからだと思われます。ご存じのように、現在の一般的な翻訳では翻訳者の競争相手はAI機械翻訳と目されています。AIは、従来の一般的英文データのみを元にして、技術を理解することなしに翻訳するので、新規で進歩的な発明を翻訳できる可能性が生じるのは、まだまだ先の話です。しかし、AI翻訳を補助として使いこなすために、深い英語の知識経験と、技術の理解力が必要です。
 独力で翻訳するにしろ、AIを補助として使うにしろ、誤訳、抜け、不適切な追加をしないことは勿論ですが、主語と動詞(自動詞、他動詞)、修飾語と被修飾部分が対応した文章にすることが重要です。ただ、AI翻訳を先に見てしまうと、初心者ほどそれに影響される傾向がありますので、注意が必要です。
 ネットを活用して発明の技術分野を理解したうえで、技術に適合した専門用語を選択する、別の意味に受け取られるような誤解を生じやすい表現は避ける、一つの技術用語に対応する英語は同じにする、将来の権利を限定する記載にしない、一般的であいまいな表現は避ける、ことは常に念頭に置きましょう。なんとなく分かってくれるでしょ?善解してね、的な気持ちで翻訳すると、特許紛争になったときに特許権者が用意する書類が、相手側の攻撃の材料になってしまいます。
 更に、AIと差別化するためには、稚拙な口語表現は避けること、難しい文学表現は避けなくてはいけませんが、特許関係でよく使用されるフレーズを使ってこなれた英語を目指しましょう。そのためには、お手本にする英文も、著者が外国人名は避け、英語圏と思われる発明技術や法律の常識を持った著者のものを選びましょう。
 納品後の訳文をそのまま提出する時もありますが、事務所で確認作業をする場合、確認しやすいようにすることも重要です。間違いを避ける以外は、アラビア数字は出来る限りコピペしてそのまま使いましょう(「1」を「one」にしない)。
 誤訳を直すには、他の訳文を根拠に補正可能な場合と、数字や単位の間違いなど原文を根拠にした誤訳訂正をするしかない場合があり、特許庁への手続き「誤訳訂正」と「補正」では、倍くらいの労力(=人件費)が必要になりますし、特許査定後は訂正がほとんど不可能な場合もありますので、特に気を付けてください。

【問1】
 プラスチック製品の表面硬度、耐摩耗性、耐薬品性、耐食性、耐候性等を改善した硬化膜を有するプラスチック物品に関するものです。
 技術内容は非常にシンプルであり、ほとんどの受験者の皆様がよく理解できていました。
 しかしながら、その技術内容を英語で適切に表現するのに苦労されたようです。
●1-(1) 「その透明表面硬度、耐摩耗性、耐薬品性等に劣る」→“have poor transparent surface hardness, wear resistance, chemical resistance and the like”のように翻訳された受験者が多くおられました。一見よさそうに思えますが、この表現では”poor”はそれぞれの特性にかかりますので、“poor and the like”となってしまいます。”are poor in transparent surface hardness, wear resistance, chemical resistance and the like“などとするのがいいでしょう。
●1-(2) 「一応の効果を得る」:ここでの「一応」の対応英語として“temporary”を使用された方々もおられました。“temporary”は、“continuing for only a limited period of time”(ロングマン英英辞典)からもお分かりのように、「限定されて期間だけ継続」することです。日本語の意図するのは「ある程度」であると理解されます。したがいまして、”achieve a certain level of effect”や“effective to some extent”のように表すのがいいでしょう。
 ついつい日本語にひきずられてしまいますが、意図されている意味を適切に把握することが必要です。
●1-(3) 「(外観が)著しく損なわれる」:ここでの「著しく」の対応英語で“considerably”を使用された方々が多くおられました。“considerable”は、“fairly large, especially large enough to have an effect” (ロングマン英英辞典)(かなり、とりわけ影響を及ぼす程度に大きく)のことであり、これでもいいでしょう。しかしながら、“remarkable”(unusual or surprising and therefore deserving attention)や“significant”(having an important effect or influence)がより適切に日本語に対応しているかと思われます。
●1-(4) 「硬化膜を被覆する」:この課題では、「上記プラスチック表面に、有機シラン系の硬化膜を被覆する」などのように「硬化膜を被覆」という表現がでてきます。日本語の意図するところは、このような分野を翻訳されたことのある受験者であれば理解されるように、また課題全体から理解されるように、「硬化膜」は、「液状物をプラスチック表面に塗布」した後、「塗膜を加熱により乾燥硬化」の工程で形成したものであり、硬化膜を塗布したものではありません。
 ここで、「硬化膜」は、“cured film”あるいは“cured coating”でよいでしょう。「硬化膜」を”curable film”とされた受験者がおられます。勿論、「硬化性膜」の意味で、硬化前の膜を”curable film(coating)”とすることはできます。しかしながら、課題での「硬化膜」は、上記したように、「硬化した膜」の意味です。“curable”とは、“ capable of being cured”(硬化さることのできる)の意味であり、「硬化した」の意味はありません。翻訳に際しては、まず技術内容を正確に把握することが必要です。
 “coating the plastic surface with a cured film of organic silane”(硬化膜をプラスチック表面に塗布する)とされてしまった受験者が少なからずおられました。「被覆」は、 ”cover”、“apply”などの広い意味の用語を用いて日本語の意図するところを表現するのがいいでしょう。“cover”の場合、「AをBに被覆する」は、“B is covered with A”や“A is covered on B”で表すことができます。一方、“apply”は、“A is applied on B”で表すことができます。日本語の意味をよく理解した上で、このような英語の「定形表現」を用いると、シンプルに且つ適切に翻訳が可能です。
 因みに、「塗布」に関連して、例えば、”The emulsions were coated on a film support with a silver coverage of 100 mg/m2”のように、“coat”(塗布)と“coverage”(被覆量)を用いることができ、おぼえておくと便利です。
●1-(5) 「粒径200ミリミクロン以下・・・の無機微粒子」を”inorganic fine particles having a particle diameter of 200 millimicrons ”とされた受験者が多くおられましたが、“particle diameter”の”particle”を省略しても、十分意図することが表わせます。
●1-(6) 「エポキシ基を有する珪素化合物」:“a silicon compound containing (having) an epoxy group”、“an epoxy group-containing silicon compound”で大丈夫ですが、シンプルに““an epoxy-containing silicon compound”で表すこともできます。
●1-(7) 「エポキシ基を有する珪素化合物とそれ以外の有機化合物の加水分解物、および粒径200ミリミクロン以下、屈折率7.6以上の無機微粒子を含有する組成物が開示されている」:“discloses hydrolyzates …… and a composition comprising inorganic microparticles”とされて、開示されているのが「加水分解物、および組成物」の両方と解釈された受験者がおられました。日本語の意図するのは、開示されているのは、「加水分解物と無機微粒子とを含有する組成物」です。繰り返しますが、翻訳で必要なのは、まず技術内容の正確な把握です。試訳を参照して検討されることをおすすめします。

 日本の特許制度や昔の米国の特許制度のしくみを理解していない答案が見られました。発明性を主張するためには、引用された先行技術との差別化が必要です。明細書で「背景技術」をprior artなどと訳してしまうと、その段落の記載は全て公知の先行技術だと自認したことになってしまうので、気を付けてください。また、特許「出願」公開と、「特許」公開とは違いますので、表記に注意してください。発明は、課題の解決手段ですから、問1の課題である強度や耐候性を解決するためにコーティングする被膜が重要であることを意識すると、性能を試験評価する時にcurableでは強度などが出て来ません。「ミリミクロン」は悩ましい表現です。Wikiによると「単位ミリミクロン(記号:mμ)(1mμ=1nm)は、前後が倒置して(誤植で)μmとなっている(μの千分の1をμmと表記してしまっている。)例も発生する。」とありますので、そのままアルファベットmillimicronで記載するのが一番安全です。

【問2】
 化学分野でも機械の図面は多用される観点から採用しました。数字付きの部分は特定されていますので冠詞は付けないようです。図面や記載で判るように、有機性ガス導入部121は、気化部11へ直接でも、輸送部12へ直接でも、11と12の間に何か別の部分があったとしたらその部分でもよいので、それがわかるように訳すと権利を狭める可能性が少なくなります。「同時並行的に」は、生成するとすぐさま触媒として働く(新しい粒子が生成する時にも既に生成した粒子は触媒として働いている)ことが読み手に理解できるように表現しているかに注目しました。
 
●2-(1) 「同時並行的に」:この部分をうまく翻訳された受験者が少なかったです。日本文の意図は、「金属粒子が生成することと」と「金属粒子が触媒として作用すること」が同時且つ並行して進行することと理解されます。”in parallel simultaneously with”や”while”を使用するとよりうまく表現できます。例えば、「生成する金属粒子が同時並行的に有機性ガスの熱分解反応の触媒として作用する」は、“the produced metal particles serve as a catalyst for the thermal decomposition of the organic gas in parallel simultaneously with the production of the metal particles”とすることができます。
 ここで、「生成する金属粒子」を、”generated metal particles”とされた受験者が少なからずおられました。”generate”は、色、電気、ガスなどを生成することであり、今回の場合には、"produced"や"resultant"などでよいでしょう。

【問3】
 光触媒薄膜による有害物の除去技術についての課題です。
 課題の日本語をそのまま英語に置き換えたため、論理的におかしいと思われる英文となってしまった解答が多くみられました。まず技術内容を正確に把握した後、定型文をあてはめて翻訳をすると、シンプルで適切な翻訳文とすることができます。
●3-(1) 「すなわち」:「その上の操作を、具体的に説明する」という意味であると理解されます。したがいまして、“specifically”でいいでしょう。“briefly”とされた受験者もおられましたが、「簡単に」という意味です。
●3-(2) 「焼成」:“calcination”とされた受験者も多くおられました。技術内容からして、“firing, baking, burning”などが好ましいと考えます。課題の技術内容における「焼成」は、「石英ガラス板上に形成された被膜を乾燥後、室温から630℃にまで加熱昇温することによる焼成」です。このような場合は、対応する英語は、一般的には“firing, baking, burning”です。一方、”calcination“は、「仮焼」に対応します。「仮焼」は、原料あるいは原料混合物を加熱して、結晶水の離脱、炭酸塩の分解、有機物の燃焼などをおこなう操作で、例えば、石灰石を加熱分解して生石灰とする操作などです。「焼成」は、配合原料中の結晶水、炭酸塩などを分解、放出して安定した化合物とするとともに、原料間の反応を進行させて、安定した構成化合物とし、さらに結晶成長、焼結させて、収縮・緻密化して一定の強度を確保することです(セラミックス辞典)。尚、第5回検定試験の問題2の解答と注釈にも、「焼成」と「仮焼」との違いについて記載されています。参考にされてください。
●3-(3) 「得られた反応液に含まれるテトラクロロエチレンの量をガスクロマトグラフを用いて分析した」:日本語の記載に引きずられて機械的にそのまま訳され、“The amount of …… was analyzed by …..”とされた受験者が多くおられました。日本語の意図するところは、さまざまな「量データ」を分析することではなく、「得られた反応液をガスクロマトグラフを用いて分析し、含まれるテトラクロロエチレンの含有量を求めた」です。“The resultant reaction solution was analyzed for the determination of tetrachloroethylene content by gas chromatography”、“The content of tetrachloroethylene in the resultant reaction solution was determined by gas chromatography”などと訳せます。ここで、” gas chromatography“は、「ガスクロマトグラフを用いた分析」。「ガスクロマトグラフ(gas chromatograph)」とは、「ガスクロマト分析に用いる装置」であり、分析の結果として得られた記録を、「ガスクロマトグラム(gas chromatogram)」といいます。関連知識としておぼえておきましょう。
 「反応液に含まれるテトラクロロエチレンの量」は、“The content (amount) of tetrachloroethylene (contained) in the resultant reaction solution”でいいでしょう。
●3-(4) 「照射する」:「光硬化性材料」に関連して頻出します。ほとんどの受験者がうまく翻訳をされていました。「照射」について、いろいろな表現をおぼえておくと、日本語の技術内容に柔軟に対応できます。
 例えば、「AにBを照射する」は、“A is irradiated with B”、“A is exposed to B”、“B is applied to A”などのように表すことができます。

 実施例は、発明を具体的に詳細に説明する部分ですので、Brieflyは似つかわしくありません。時系列で操作の順番や関係を説明するように、thenとかtherefromとかを適宜補うと読みやすいです。翻訳納品後に他の人がチェックすることを考えると、数字をわざわざアルファベット表記にする必要はありません。打ち間違いも避けられますので、コピペをそのまま使いましょう。the cleaning industry だと、不明瞭で清掃業界も入ってしまうような気がします。Tetrachloroethyleneは界面活性剤のような洗剤ではないので、detergentは不適当です。Dry cleaningのwikiで、clothes are soaked in a liquid solventとありますからsolvent やcleanerくらいで良いのではないでしょうか。「の濃度の」が抜けている解答もありましたが、ここは直訳を心がけて下さい。Liquorは少し古い感じがします。一般用語と混同しないようにsolutionが好ましいと思います。

【問4】
 出願文書の中で最も重要なクレーム部分ですので、明確で疑義の無い表現を心がけましょう。whereinなどクレーム特有の形式を選択してください。

●4-(1) 「該アルカリ金属硫酸塩を含有する浸出液に界面活性剤を共存させ」:この部分をうまく訳せた受験者が少なかったです。日本語の意図するところは、「浸出液にアルカリ金属硫酸塩と界面活性剤とを共存させる」ことであると理解されます。したがいまして、例えば、“allowing a surfactant to coexist with the alkali metal sulfate in the leachate”と表すことができます。
●4-(2) 「と同種のイオン」:“an ion the same as”とされた受験者がおられましたが、“an ion that is the same as”や“ions of the same species as”などがいいでしょう。

 全ての受験者が、途中で投げ出すことなく、全ての課題を翻訳されておられました。皆様の真摯な態度に拍手をおくります。何事もそうかと思いますが、翻訳も、着実に一定の速度で進歩するのはめずらしいのではないでしょうか。継続的に努力を重ねても進歩がとまってしまったり、混乱してしまったりすることが多々あります。それにもかかわらずたゆまない努力を継続していると、ある時点から(臨界点にt達すると)、「ぱっと」視界が開けたように、いままで点や短い線でしかなかったものが、縦横無尽につながって、多くのことが理解でき、大きなステップアップがなされることがよくあります。是非、たゆまない努力を継続されることをおすすめします。翻訳検定も30回目です。過去の出題、参考訳、講評を精読して、理解し、腑に落としていくことでも大きな力となるでしょう。
 次回、さらにステップアップして検定に挑戦され、その解答を拝見するのを楽しみにしています。

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1級/バイオテクノロジー

第30回 知的財産翻訳検定 1級/バイオテクノロジー  講評

 今回は、全体に、日本語の読み取りが不十分な答案が多かったと思います。また、文字面で直訳している答案も散見されました。必ず、訳す前に文脈の中における日本語の意味を考えること、そして訳した後で英語が自然な表現で日本語の意味を表しているか確認すること、この二つの基本的な作業を行ってください。また、冠詞や複数形など、細かい部分まで十分に気を遣った翻訳があまりなかったように思います。特許翻訳は、情報を増やしたり減らしたりしてはいけないという制約がある中で、自然な英語にしなければならないという、ある意味、相容れない二つの要求を満たす必要があります。単に直訳したり、逐語訳したりすればいいわけではないことを常に心してください。例えば、同じ日本語であっても、異なる意味を有する場合、訳しわける必要がありますが、そのことができていた答案はほとんどありませんでした。
 
 以下は、各問のポイントです。
【問1】
 現在、新型コロナが世界中で問題になっていますが、同じような家畜のウイルスについての話です。「発生」「大流行」「流行」の三つの意味の違いを文脈から読み取ってください。「粘液病型」の「粘液病」は、単なる「粘液病」ではなく、あくまで、牛ウイルス性下痢・粘膜病における「粘液病」ですので、mucosal diseaseと訳すのが正解です。日本語と英語での意味の違いが目立つ答案が多かったと思います。
 
【問2】
 難度が高く、ほとんどの答案に減点がありました。物質としてDNAを構成しているのはヌクレオチドであり、塩基はヌクレオチドの一部にすぎません。日本語では「塩基配列」という表現は一般的ですが、英語の論文や特許明細書ではほぼ"nucleotide sequence"です。英語圏の論文や特許明細書にはbase sequenceという表現はまずありません。前半部分は、問題文がプライマーの説明の途中から始まるため、そのまま訳すと分かりにくく訳例では意訳してありますが直訳でも減点はありません。後半部分では「これらのプライマーの5'末端側に付加配列を有するプライマー」と「・・・をその3'末端側に含むプライマー」を訳し分けられるかがポイントでした。前者は、付加配列はプライマーに追加されるものであり、後者では「・・・」はプライマー内に含まれます。この違いが訳に反映されていない答案が多かったです。
 
【問3】
 培地交換の「交換」をexchangeとした答案がありましたが、exchangeは「互いに交換する」という意味であって、培地交換の「交換」とは意味が異なります。「剥離後培養開始時」というのは、「剥離後培養開始した時に、5時間後、及び7時間後に撮像した」という意味ではなく(これでは意味が成り立ちません)、後にも、「開始時の面積から5時間後の面積を引いた減算値」という表現があることからわかるように、「剥離後培養開始時と、5時間後と、7時間後の3点で撮像した」という意味です。これを間違えると、大きな減点になります。
 
【問4】
 請求項1ではプロモーターとゲノムの関係が技術的に理解できている答案とできていない答案で差がつきました。バイオ分野の特許明細書翻訳には英語力だけでなくバイオ特有の知識、特に分子細胞生物学の知識が求められます。請求項6の「検出対象液」は、液そのものを検出したいわけではないため、工夫が求められる箇所ですが、そのまま訳している答案が目立ちました。請求項8で「トランスジェニック魚類はメダカ卵であり」の箇所は、訳例ではcomprisesと米国の実務に従った訳にしていますが、isでも減点はしていません。むしろ重要なのは「受精後5日以降」の方であり、「以降」が訳に反映されていない答案が複数ありました。この用語がないと権利範囲が変わってしまうため、細かいミスでも厳しめに採点しました。

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2級

第30回 知的財産翻訳検定 2級 講評


【全体として】

 設問はいずれもわかりにくい日本語で書かれていますが、それにも関わらず意味を正確に読み取って読みやすい英語に訳された答案が多く好感が持てました。一方では意訳が過ぎ、原文に書かれた重要な情報が欠落した解答訳も目につきました。原文の情報を過不足なく伝えることは特許翻訳の基本です。

 表記法が守られていない例がよく見られました。
 たとえば、行頭のインデントを空白文字の連続で行う、行末、行中に不正な空白が入っている、などです。
 基本的な翻訳の姿勢に関わるもので、採点以前に印象が悪くなります。
 この欠点は、wordの設定を「空白文字を表示する」、さらには「すべての編集記号を維持する」に設定すれば見えてきますので、完全に防止できます。表示されていないと意識できないのでこういう初歩的なミスを何度も繰り返してしまいます。

 行頭インデントは、空白文字の連続は不可で、タブで行うのが常識です。
 
 コロンセミコロンの使用法などが守られていない例もあります。
 コンマ、セミコロン、コロンは、特に請求項では重要な意味を持っています。しっかり勉強してください。
 
 冠詞の用法は難しいものですが、請求項の構成要素の不定冠詞がない例、antecedent basisなしの定冠詞の使用などが散見されました。
 
 
【問1】
 
<1.1.>「上下方向及び幅方向を有し」とは、縦横に広がっている、二次元であるということを意味します。この意味を表現できていればよしとしました。
 上下を縦と解釈して、verticalとするのは、機械ではないので鉛直、垂直でもありませんし少々疑問があります。
 width direction and transverse direction、
 extending in up-and-down and widthwise directionsなどでしょう。
 
<1.2.>「上方へ円弧状に凸曲している」は、数学的表現ではconvexがありますが、アーチ状というarcuateなどもあります。意味が表現されていればよしとしました。
 
<1.3.>請求項1の後半はwherein節でも、同格独立分詞構文でもよいでしょう。
 
<1.4.>請求項3では、補強はreinforceが技術用語として適当であり、strengthenは材料自体の強度を増すことを意味するので「補強」の訳としては不適切です。FRPは、Fiber reinforced plasticです。
 
 塑性変形とは、いわゆるプラスチックの性質でplastic deformationです。勘違いしてelasticallyとした例がありましたが、弾性変形はゴムなどの場合です。
 
 特許は技術文書ですので技術用語を正しく使用する必要があります。
 
<1.5.>焼却可能とは、廃棄に伴う焼却の意味では通常incinerableといいます。burnableは可燃性という意味が出てくるので意味がずれるでしょう。
 
<1.6.>A disposable mask having a vertical direction and a width direction, which has a mask main bodyという例がありましたが、この「コンマwhich」は先行詞が、文法上はその前にある名刺すべてが候補となり得ますので、不明確であり請求項中の表現としては好ましくないと思います。
 
<1.7.>antecedent basisなしの定冠詞の使用は要注意です。
 
 
【問2】
 
<2.1.>「循環型社会」は、素直に訳せばrecycling societyでしょう。renewable societyという例がありましたが、意味がずれます。
 
<2.2.>「化石燃料からの脱却」では、そのままbreaking away from fossil fuelsでよいでしょうが、decarbonizationという例が見られました。
 この単語は、元々は化学、冶金分野の技術用語で、脱炭酸(化学的に炭酸成分を除くこと)、脱炭素(鉄などの炭素含有量を減らすこと)という意味です。リーダーズ、ランダムハウスにはこの訳が載っています。
 これを「化石燃料イコール炭素含有燃料」なので、拡大解釈されて、最近はこれが「炭素を低減するイコール化石燃料を削減する」という意味に使われる例が見られるようになりました(英辞朗、気候変動分野など)。間違いではないと思いますので減点はしませんでしたが、素直な訳の方がよいと思います。
 
<2.3.>原文「「カーボンニュートラル」は、<A>大気に放出される(二酸化炭素の排出で計測される)炭素の量に寄与もせず、その量を削減することもないということ」という日本語に引きずられすぎると、この日本語には主語がないので、誤訳になります。意外にこの例が多かったようです。
 <A>に入るべき主語は、文意より明らかに「使用される材料」です。これをitという代名詞で済ませる事はできません。代名詞は不明確さを惹起します。
 such materials are needed to be substantially carbon-neutral
 
<2.4.>「飲料や食品」という語は、通常順序が逆でfood and beverageというようです。文化の違いでしょう。
 
<2.5.>「二酸化炭素の排出」は、ventという例が見られましたがventは排気で、排出はemissionでしょう。
 
 
【問3】
 
<3.1.>【0010】の日本語は質が高いとは言えず、苦労したと思います。現実にはこういうことあり得るという例と考えて対処します。
 
 「お客様ビル1には、--長い中間部----等が設置されている。」という長い中間部分を含んでいて、その中が複雑です。
 
 図をみれば構成自体は単純であることがわかるので、後はどう表現するかです。
 
 多くの例で、
 「The followings, etc. are installed in the customer building 1.」、
 「Installed in the customer building 1 are:」という倒置文形式などと、最初に全体の要素を述べておくという方法をとっていましたが、大変よい方法です。
 
 一番簡便なのが「The customer building has:」でしょう。
 
 請求項での並列列挙表現を踏襲して(コロン、セミコロンの役目を明確に使って)
 The customer building has:
 a remote monitoring device 1B---;
 an earthquake detecting device 1C---;
 a facsimile 1D; and
 a personal computer 1E---.
 などという方法もあります。
 
 こうせずに原文の形式構造にとらわれすぎると難解な訳になってしまい、複雑になり、理解を妨げます。
 
<3.2.>挿入節で修飾する場合に、「コンマwhich」をよく見ますが、このwhichは先行詞が不明確になっていないかを十分に吟味して使用する必要があります。できるだけ制限用法を使って修飾関係は明確にしなくてはなりません。
 
 The remote monitoring device 1B --- causes the elevator 1A to perform a process corresponding to the transmission signal, which includes, for example, storing information such as the number of times of starting and the number of times of stopping at each floor.
 と訳された答案がありましたが、whichの先行詞がprocessとsignalのどちらかが不明確です。

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3級

第30回 知的財産翻訳検定 3級 講評


 解答例と解説をご覧ください。


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