知財法務実務
第39回 知的財産翻訳検定 知財法務実務 講評
[問1]
各国、特に日本及び米国の知的財産法分野では、近年、発明該当性(patent?eligible subject matter)がホットトピックの一つとなっています。問1は、このトピックに関連し、また、裁判所の審級の理解にも関わる問題でした。ご提出いただいた答案において特に誤訳が多く見られた点について述べます。
「The Eleventh Circuit reviews a district court's denial of leave to amend for abuse of discretion. 」は、「第11巡回区控訴裁判所は、地方裁判所が補正許可を却下したことを裁量権の濫用の観点から再審理する」等と訳することが適切と考えられます。答案では、地方裁判所が裁量権の濫用の観点から、補正許可を却下したかのように述べる誤訳、地方裁判所による補正許可の却下を、第11巡回区控訴裁判所が、無益性の観点から審理するかのうように述べる誤訳等が見られました。なお、「abuse of discretion」は、裁量権の「乱用」ではなく、「濫用」の漢字を用いるのが正確であると考えられます。
「the claims at issue are invalid on their face」について、「争点となっている主張は表面的には無効であり」等と訳する答案が多く見られました。しかし、「invalid on their face」は、「文面上(当然に)無効」と訳するのが適切であると考えられます。また、「claims」は、ここでは「主張」ではなく、「クレーム」(特許権が及ぶ範囲)と訳すのが適切と考えられます。
[問2]
英文契約書の翻訳については、全体として、知財法における契約書の文脈を理解しようとする姿勢は見受けられましたが、契約書特有の用語法の不備や定義語の扱いの不徹底、そして日本語としての精緻さにおいて、合否を分ける差が出た印象です。不合格となった方、あるいはさらなるステップアップを目指す方に向け、意識すべきポイントを整理した講評を以下にまとめます。
1. 定義語(Capitalized Terms)
本試験の注記(2)でも明示されていた通り、定義語(先頭が大文字の語)を定義語と分かるようにして統一して訳すというのは、知財法務実務、契約実務において最も基礎的な部分だと思われます。例えば、訳語の不統一として、同じく大文字から始まるにもかかわらず、「本商標」と「商標」とが混在し、あるいは「本ドキュメンテーション」「ドキュメンテーション」および「文書」が混在するケースが散見されました 。
また、5.11条においてClaimの定義を「以下『クレーム』」と定義していながら、その後の文章が不完全なまま終わっている例がありました。これは実務上、契約の解釈に重大な齟齬をきたすリスクがあります。
まずは翻訳を開始する前に、まず契約書内の定義語を把握し、「Product=本製品」「Documentation=本ドキュメンテーション」などと、自分の中で固定した訳語を決めてから全体を統一させることが好ましいと考えます。
2. 知財・法務特有の専門用語の正確性
一般的な英単語の意味に引きずられ、法務用語としての定訳を外してしまう誤りもありました。例えば、5.5のrepresentation and warrantyについて、これを「代理または保証」と訳した解答がありましたが 、法務実務では「表明および保証」が定訳です。また、この文脈での「representation」を代理と混同することは、契約内容を誤解していると見られてしまいます。その他、5.3のomit to do(Omission)の箇所について、「行わない事」をしてはいけない、といった直訳的な表現が見られましたが、これは極めて不自然です。実務的には「不作為」や「なすべき行為を怠る」などといった方向で訳すのが適切です。
3. 日本語の論理構造と条文形式
契約書は「文学」ではなく「ルール」です。日本語の論理構造(構文)が崩れていると、ルールの適用範囲が不明確になります。
例えば、「または」と「もしくは」の使い分けについて、階層構造がある場合、小さい括りに「もしくは」、大きい括りに「または」を使います。これらが混同されている箇所が多く見られました。
また、長文の中に項目が列記されているような場合、本試験の注記(3)にもあるように、適宜文を区切り、改行するなどして、わかりやすくすることが望ましいと考えます。
その他、プロの書面として、最後に誤字・脱字の確認を行うようにしてください。
4. 総括
知財法務実務における翻訳は、単なる言語の置き換えではありません。その訳文をそのまま日本の特許庁、裁判所、あるいは契約交渉の場に出せるか、という視点が求められます。
次回の試験に向けて、より精度の高い訳文を作成できるよう、今回のフィードバックを自身の解答と照らし合わせて復習してみてください。
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電気・電子工学
第39回 知的財産翻訳検定 電気・電子工学 講評
【総論】
今回より、原文を翻訳した翻訳例をチェックして誤りを正す、いわゆるポストエディット問題(問2)が導入されました。問1、問3は、従来と同様の翻訳問題でした。ポストエディット問題は、旧来の翻訳業務とは違った難しさがあったものと思います。
多くの答案は、翻訳問題、ポストエディット問題とも、原文の意味を正確に理解し、把握された意味合いを正確に日本語に変換するよう努めていることが感じられ、よく勉強されているという印象を受けるものでした。
合否を分ける原因として、訳出において、「文章全体の意味/流れを把握して翻訳をしているか」ということがあるように思われました。一文単位で見た場合には正しく見える訳出でも、全体としてみると、論理が通らない文章になってしまうことがあります。文章全体として何を伝えようとしている文章なのかをしっかり読み取ることが、良い翻訳に繋がるものと思います。
また、常々お伝えしていることですが、「原文に忠実な訳出」をするということも、今一度確認して戴ければと存じます。原文を記載した著者の思うところは何なのかということを考えつつ訳出に努めてください。意味としては概ね同じであっても、表現が異なったりすることで、原文が伝えようとしていることとは異なってしまうことがあります。
また、AIを一部用いて解答を作成された方もおられたかと思いますが、上記のような「文章全体の意味の把握」や、「原文に忠実か」という判断は最終的に人間が行わないといけません。AIは意味を考えて翻訳しているわけではないので、この点、人間が意味を把握して訳出又はチェックをすることは極めて重要になると思います。
【各論】
[問1]
いわゆるIoTの、重工業環境への適用に関する問題です。若干長文が多く、また、文章の論理も把握しづらい文章であったかと思います。
第1段落のHeavy industrial environmentsは、その後such as以降で4つ例が列挙され、主語が6行目(and others)まで続きます。翻訳においてもそのように訳すべきところですが、文章の切れ目を読み誤ってしまった答案も散見されました。
また、関係代名詞の非制限的用法や、分詞構文なども多く、読解が難しかったかもしれません。関係代名詞の非制限的用法の場合、whichが指しているのは直前の名詞ではなく、which以前の文全体を指すこともあることに留意しましょう。分詞構文の場合も、必ずしも前の文の主語を指していないこともあるので、前後の文脈から読み取る必要があります。なお、baches of dataを「大量のデータ」と訳された答案も散見されましたが、単語それ自体からしても、また文脈からしても「バッチ単位」とか、「ひとかたまりのデータ」のような意味合いで訳出するのが良いと思われました。その他、文章の因果関係を正確に読み取れていないと思われる解答も、特に第2段落(The emergence of the Internet of Things (IoT)…)で見られました。参考解答を参考に見直してみてください。
[問2]
問2は、今回新たに導入されたポストエディット問題でした。実務のポストエディットにおいては、どの程度細かくチェックが入るかはコストや時間にも左右される部分がありますが、どのような場合でも大事なのは、「大きな間違いは見落とさない」ということかと思います。今回の問題文でも、大きな間違いが2つほど含まれていました。もちろん、細かいスペルミスの修正や表現の改善も重要なのですが、大きな間違いを見つけることが重要です。大きな間違いを見つけられなかった答案は、細かい間違いを多く見つけておられたとしても減点となりました。
問題文中の大きな間違いの1つは、段落[0061]の「operates in two phases」ですが、これは問題文の「2つの動作フェーズを持つ。」の訳出では間違いで、正しくは「2つのフェーズで動作する」(operatesが主語)です。意味として大きく違ってしまっているわけではないですが、原文に忠実とは言えません。
2つ目は、段落[0064]の「there will always be a difference of at least one active transistor between the two networks.」ですが、問題文の訳出「2つのネットワーク間で少なくとも1つのトランジスタが常に動作状態にある」では完全に間違いであり、正しくは「2つのネットワーク間で少なくとも1つの動作状態のトランジスタの違いが常にある」です。正確に原文が読み取れていればすぐに見つけられる間違いです。見つけられなかった方は、原文の読解力がまだ十分ではないのかもしれません。その他、細かい訳落ちが含まれていたので、これらをできるだけ多く見つけることが1級合格に繋がります。
[問3]
問3は、非接触充電装置に関する請求項(クレーム)の問題です。長文ですが、文章構造は明確であり、比較的取り組みやすかったものと思います。such that 〜の文章が若干訳しにくかったかもしれません。「〜するように」と訳すのが一般的であるところ、「結果として〜」と訳すことも可能ですが、本問の場合、前者のように訳さないと意味として通らないものと思います。本問は非常に長いクレームの翻訳ですが、同じ用語(receiver coil)が、あるところでは「受電コイル」とし、他のところでは「受信コイル」とするなど、用語の不統一にならないように気を付けてください。opposingは、「反対の」と訳されることもありますが、本問のような電極等の場合「対向する」が良いでしょう。
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機械工学
第39回 知的財産翻訳検定 機械工学 講評
今回は問題が易しくない割には善戦された方が多かったものの、実際に合格ラインに辿り着いた方は少なく、「あと一歩」の受験者が多い印象を受けました。
設問1について:
設問1は、ショットピーニングに関する発明に対する背景技術の記載部分を翻訳するというものであり、内容が比較的容易であり、受験者全体に誤訳などは少なかったです。
段落(2)において、incorporated herein by referenceの意味が正確に伝わるように訳せていなかった数名いました。参考解答にあるように、「その記載事項は、参照により本明細書に組み込まれるものとする。」のように下線部分を補って翻訳した方が意味が伝わり易いと考えます(但し、下線部分の補充がなくても減点はしていません)。
また、段落(2)にある「特許(patent)」という用語は、独占権としての「特許権」を想定させますので、正確には「特許文献」と翻訳するべきでしょう。
段落(3)におけるsolid blockは、殆どの受験者が「固体ブロック」と翻訳していましたが、ブロックが固体であるのは当然ですので、そのような意味ではなく、動かないブロックという意味で「堅固なブロック」と訳すのが正解であると思われます(solidには「中実の」という意味もあるが、ここでの文脈では中実である技術的意味が分からないので不採用)。
さらに、段落(4)では、rapidlyを「急速に」と訳されていた受験者が数名いましたが、段落(2)の記載を考慮すると「高速で」と訳すべきでしょう。
設問2について:
設問2は、アスファルト舗装機械に関する発明の実施形態の英文を読み、その翻訳文をチェックして、修正すべき箇所を見つけ出し、どのように修正するのが良いのかを指摘するというものでした。この設問では、段落(4)で図2に言及し、段落(5)〜(7)で図2に示された構成を説明しているにも拘わらず、設問中に図3のみを掲載し、図2を掲載していなかったため、受験者の皆様も解釈に困ったと思いますが、内容を正しく理解できている受験者もいたので、1級をもらうための高いハードルの一つとしてご了解ください。こういう事情もあって、解釈の難しい箇所を正しくチェックできた場合には、加点の対象としています。なお、以下の説明を読むにあたっては、以下のリンクを開いて、その図1〜3を参照願います。
リンク先:
https://worldwide.espacenet.com/patent/search/family/025459285/publication/US4181449A?q=US4181449
段落(4)において、「縦方向」とあったのを「長手方向」(長さ方向でもOK)と修正しました。日本語で縦方向というと、技術者は「上下方向」又は「垂直方向」を想定します。試しに、縦方向の英語をネットで検索すると、verticalと出てきます。longitudinalを検索すると「縦方向」という訳語が出てくるのは承知していますが、英英辞典などでは、in a lengthwise directionという説明もされており、「長手方向」(ここでは、舗装路面が延びる方向)を意味することが分かるかと思います。
段落(4)において、「先細り」と「テーパー状」としたのは、以降の段落との用語の統一であり、段落5などにおける「ジョイント」から「接合部」への修正も同じ趣旨ですので、統一さえできておれば、減点はしていませんが、統一されていない場合は1点の減点をしています。
段落(5)において、「隣接する舗装セクション10と11のペア」を「一対の隣接する舗装セクション10と11」と修正するよう指摘した受験者もいましたが、元のままでも意味は明確ですので、標準解答では敢えて修正していません。この点の修正の有無は減点・加点の対象ではありません。
段落(6)において、「上層層」は明らかに日本語として奇異なため、「上層」と修正した受験者が多くいました。対応する英語はoverlying layersですが、原文からは、2つの層20,21が下地面6に対してoverlyingといいたいのか、2つの層20,21どうしの関係がoverlying(overlapping)といいたいのか定かではありません。そこで、参考解答のように「重畳層20,21」という訳語を選択したのです。なお、減点の対象にはしていませんが、段落(6)における「伸び」はstretchの訳語なので、「延び」と修正するべきでしょう。
段落(6)において、「面22に噛み合う端面23を形成している。」とあった訳文は、「面22に緊密に係合する端面23を形成している。」と修正しました。図2を見れば分かるように、面22と面23は接触はしていますが、この状態を「噛み合う」と表現するのは不適切ですので、修正が必要なのです。この部分の修正がない場合は減点し、修正できている場合は加点しています。
段落(9)において、「サイドプレート4をぴったりとスライドしてかみ合う。」とあった部分は意味不明であるので、「側板4に対してスライド可能に緊密に接触している。」と修正しました。図3を見ると、接合装置25は、スクリード5と側板4との間にピッタリ嵌り込んでいますが、段落(9)では、接合装置25が側板4に対してin a snug sliding fitの関係にあるとだけ説明されているので、噛み合うという表現にも、嵌り込む(嵌合)という表現にも該当しません。この部分の修正がない場合は減点し、適切な修正がなされておれば加点しています。
なお、その他のチェック項目は些細なことですので、解説又は講評は不要であると考えます。
※カタカナ用語に関する追記:
まず、英文和訳において訳語候補に日本語用語(特にJIS用語)が存在する場合、それを当てるのが原則です。但し、と或るカタカナ用語がその日本語用語と同等かそれ以上に普及している場合、日本語用語の代わりにそのカタカナ用語を使用しても全く問題ありません(ただ、どちらかに統一する必要があります)。
また、訳語候補に日本語用語が存在するものの、原文の用語と権利範囲が異なっていたり技術的ニュアンスが異なったりしており、権利範囲や技術的ニュアンスがより近いカタカナ用語が存在する場合、むしろそのカタカナ用語を使用するのが適切です(場合によってはメモを付して)。
さらに、難しい訳語選択を避けるため、あるいは適切な訳語に行きつかなかったために、普及もしていないカタカナ用語を取り敢えず使用したと判断される場合(「逃げのカタカナ」用語)は、大きな減点の対象になります。
設問3について:
設問3は、特許請求の範囲の翻訳ですが、請求項1及び2のいずれも含まれる段落の文章が短く、文章構造も複雑ではないため、理解度を測る尺度として、クレームされている各要素の末尾に図面に使われている要素との対応関係を示す符号を含めるように指定しました。設問自体が簡単ですので、採点は厳しく行っています。
請求項1では、「前記RF源(80)を前記包囲体(50)に結合するための手段」の符号が74,76,78,82,84の組み合わせであることを理解できていない受験者が多すぎると思いました。
請求項2については、参考解答のように、最終の段落を「前記加熱対象物を加熱するためのマイクロ波源を作動させるとともに、前記加熱対象物を誘電過熱するためのRF源を作動させて、マイクロ波エネルギー及びRFエネルギーの両方を前記加熱対象物に同時に印加させるステップを含む」と訳すべきところを、「前記加熱対象物を加熱するためのマイクロ波源を作動させるとともに、前記加熱対象物を誘電過熱するためのRF源を作動させるステップと、マイクロ波エネルギー及びRFエネルギーの両方を前記加熱対象物に同時に印加させるステップと、を含む」と訳された受験者が数名おり、積極ミスとして多めの減点を行いました。
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化 学
第39回 知的財産翻訳検定 化 学 講評
前文:
近年の機械翻訳技術の急速な進歩を踏まえ、本検定試験では、従来1級・2級・3級に分けて実施していた試験を統合し、今回の試験からは、得点に応じて級を認定する方式へと変更しました。また、従来の試験にはなかった、機械翻訳結果を前提としたポストエディット形式の問題を新たに導入しました。過去の試験を受験された経験のある方の中には、出題形式の変化に戸惑われた方もいらっしゃったかもしれません。
出題者側としては、機械翻訳の使用を前提とした場合、訳文が均質化し、試験としての差が出にくくなるのではないかという懸念もありました。しかし、実際には、最新のAIであっても、特許翻訳において常に完全な訳文を出力できる段階には至っていないことが、今回の試験結果からも明らかになりました。正確な翻訳を行うためには、特許翻訳特有の形式やルールを理解した上で訳文を構成することが不可欠であり、さらに、原文中の一語一語について適切な訳語が選択されているかを丁寧に確認する姿勢が、これまで以上に重要になってきているといえます。
今回の結果から、本検定試験における1級合格は、AIを活用したとしても、依然として容易ではないことが示されました。1級に合格された受験者の方には、心よりお祝い申し上げます。一方、惜しくも不合格となった方々には、本講評を参考にご自身の訳文を改めて見直していただき、次回試験での合格を目指していただければと思います。皆様の今後の挑戦をお待ちしています。
問1:
[出題の狙い]
今回から新たに始まったチェック問題は、機械翻訳によるポストエディット(翻訳者)や、既存訳のチェック(チェッカー)を想定したものです。本問は、既存の明細書の従来技術の部分をDeepL(無料版)で機械翻訳したものをそのまま出題しました。どこまで修正するか、悩ましい箇所もあったと思いますが、ポストエディットでは、時間的、労力的なコストの関係から、「必要最低限の修正」をすることが基本になり、それはこの試験での時間配分にも通じるところがあります。参考解答例では、後学のため、「最大限の修正」になっていますが、以下、見逃してほしくなかったポイント(主に、日本語を読んだだけでも違和感を覚えてほしいところ)を述べます。
・機械翻訳では、「and」等の接続詞の訳漏れが頻繁に発生します。意味的な確認も含めて、実務的には補う癖をつけておいた方がいいでしょう。
・機械翻訳(DeepL含む)では、長いフレーズだと本問の「objects」のような訳抜けが発生します。最初の段落に「三次元物体」とあるので、第2段落でも「物体」という訳抜けを修正するのは必須でしょう。
・従来技術に関する記載とはいえ、「特徴がある」という用語は、基本的に発明の本質的要素を表すことになるため、原語が例えばcharacterizeやfeatureでない限り、不用意に用いるべきではありません。そもそも、「associated with」をこのように訳すことは、ほとんどないはずです。最後の一文では、同じ原語が「関連している」と普通に訳されているので、訳語の統一という点からも気づくことができます。
・「完全に実現できていない」というと、日本語としては、「全く達成されていない」という意味に読めます。しかしながら原語では、「are not able to achieve these properties altogether」という書き方になっており、完全否定ではなく、部分否定であることが充分に読み取れます。英語の意図するところが的確に反映された日本語になっているか、また、原文から離れて日本語だけで読んでも、原語と同じ意味が表されているか、常に注意しましょう。
・「耐衝撃性」、「衝撃耐性」、「衝撃抵抗性」のような訳語の揺れも、機械翻訳ではよく起こります。「耐衝撃性」と「衝撃耐性」の不統一は見逃したとしても、「衝撃抵抗性」は気づいてほしいところでした。
・「バックボーン」という表現も間違いとは言えないのですが、「骨格」や「主鎖」という用語が一般的です。自信をもって修正できるかどうかで、有機化学の基本的な知識が分かります。
・「柔らかい」に対応する原語は、「softer」ではなく、「more soft」なので、「より多くの」のように数量的に訳出すべきでしょう。
問2:
本問は、日本発の技術であるペロブスカイト太陽電池に関する米国特許出願からの出題でした。段落0042のCIGSの訳としては、「セレン化銅インジウムガリウム」が一般的です。この段落には、文章の係り受けの判断が少し難しい箇所がありましたが、多くの方は正しく訳せていました。
段落0045には原文の誤記があり、文章と化学式が整合していません。原文誤記への対応について問題文に明確な指示がないことから、本問では、@原文に忠実に訳す、A訂正して訳す、のいずれの対応でも可としました(減点対象とはしていません)。ただし、特許翻訳では原文忠実性が原則であるため、訂正を行う場合にはコメントを付すことが望ましいでしょう。同様に、段落0048の原文にも、文章と化学式(formula (I))の不整合が見られます。これらの誤記に対して適切な対応が取られている答案については、加点しました。
また、上述のとおり、特許翻訳では原文に忠実に訳すことが基本であり、原文の一文は、できる限り訳文でも一文として訳すべきです。改行箇所やインデント等についても、可能な限り原文の体裁を維持することが望まれます。
問3:
ひと昔前まで多かった燃料添加剤や排ガス触媒、またエンジン自体に関する出願が激減し、その代わりに、電池自体、バッテリーの制御方法などの出願を目にすることが増えました。本問のような実施例の記載は、実験レポートのようにぶっきらぼうな書き方が多いのですが、本願発明により奏される効果に関わるため、審査過程でも非常に重要なので、なるべく原語のとおりにしつつも(過度にアレンジせず)、意図するところが伝わるように注意して、翻訳して下さい。以下、翻訳のポイントについて簡単に述べます:
・「Cells were fabricated with and without electrolyte and zinc electrode additives」のような箇所は、機械翻訳ではうまく処理できないので、この箇所が添加剤に係る発明の実施例であることに鑑み、「添加剤ありで、また添加剤無しで」のように訳出すべき
・「a solution composed primarily of potassium hydroxide with lithium hydroxide, and zinc oxide」という箇所は、請求項7及び9、及び明細書段落[0014]及び図1の内容に対応。特に「主に」の係りがポイント
・「die cell」の「die」に具体的な意味があるのか、あるいは原文誤記なのかは判断が難しいが、対応の米国出願では「the cell」と訂正されている。参考解答例では、無難に原語を併記する形にした。
問4:
本問は、2025年にノーベル化学賞の対象となった金属有機構造体(MOF)に関する米国特許出願の特許請求の範囲からの出題でした。特許請求の範囲は、特許の権利範囲を定める最重要部分であり、細心の注意を払って翻訳する必要があります。
請求項を正しく訳出するためには、クレームの基本構造(preamble?transitional phrase?body)の理解が不可欠です。本問では、「a method …」が preamble(前文)、「comprising」が transitional phrase(移行句)、「exposing …」が body(本体)に相当します。また、「wherein」以下は、先行する要素をさらに限定する説明であることを意識して訳す必要があります。
「comprise」の訳し方としては「含む」などと訳すのが一般的かつ適切です。「からなる(consist of)」と混同しないよう厳格に区別してください。「comprise」は、他の要素を含むことを許容しますが、「consist of」は、特定要素のみからなることを表していると解釈されます。この区別は非常に重要です。なお、請求項3および5に見られる、いわゆるマーカッシュ形式の表現(selected from the group consisting of ...)も、「…からなる群より選択される」と訳すことになります。
問4の請求項3には、「hexaiminotriphenlyene-based organic linkers」の部分に原文の誤記があり(正しくは「hexaiminotriphenylene」)、またその直ぐ後に出てくる「hexaaminotriphenylene」も「hexaiminotriphenylene」の誤記と考えられるという混乱した状況の中で、正しく訳出できるかというのがポイントでした。残念ながら、この部分に適切に対処できた受験者は、ほとんどいませんでした。
また、この請求項3には、普段あまり馴染みのないような物質名も多く登場しています。機械翻訳の精度は依然として十分とは言えず、出力をそのまま用いると正確な訳にならない場合があります。限られた試験時間の中では大変ですが、細部まで確認し、十分に見直すようにしてください。
問題(化学)PDF形式
参考解答訳(化学)PDF形式
バイオテクノロジー
第39回 知的財産翻訳検定 バイオテクノロジー 講評
総評
[問1]問1だけではなく、全体に日本語として成り立っていない翻訳が目立ちました。
tumor developmentのdevelopmentを「発生」と訳している答案が多く見受けられましたが、「腫瘍の発生」というと、通常は腫瘍ができることを意味します。しかし、tumor developmentというのは、腫瘍が増殖して成長することを意味します。developmentを安易に「発生」と訳すと、誤訳につながります。英語の意味をしっかり理解して訳しましょう。
immune TMEを「免疫TME」と訳している答案が多く見受けられましたが、日本語として不自然です。「腫瘍免疫微小環境」という専門用語がありますので、専門用語を用いるようにしましょう。
[問2]英語と日本語で意味が変わっている部分は修正が必要になります。なお、好みの問題が大きい修正については減点対象とはしていません。
「CNS target」はCNSが標的であるのであって、「CNSの標的」を意味しません。receptorなども同様な使い方をします。例えば、Notch receptorは、Notch受容体を意味し、「Notchの受容体」を意味しません。受容体の場合は、慣用的にNotch受容体といいますが、CNSターゲットというのは日本語で慣用的ではありませんので、翻訳ではわざわざターゲットを入れる必要はなく、「ヌクレオチドのターゲットはCNSであってもよい」と訳して問題ありません。その他、参考解答例を参考にして、修正部分の日本語の意味の違いを理解してください。
なお、優性/劣性を顕性/潜性に修正するかどうかについては、現状は優性/劣性でも誤りではありませんので減点対象にせず、顕性/潜性とした場合に加点対象としています。
[問3]「Fold-change differences」は直訳するのではなく、何を意味しているのかを考え、それが伝わるようにするには、どのような訳語を当てるのがよいかを検討した上で訳語を選択して欲しかったです。カタカナとしている答案も複数ありましたが、それで審査官や読み手に意味が伝わるのか、再考して欲しいところです。
末尾の段落はEC50の定義であり、バイオの明細書にはよく出てくる内容ですが、anti-cancer agentとthe drugは同じものですので、それが伝わる訳とする必要があります。
[問4]請求項1の「provide」は、クレームにでてきたときは、「準備する」や「用意する」が訳語として適当であり、「提供する」は実験操作の訳語としては不自然です。一方で、発明の詳細な説明の、発明が解決しようとする課題や、課題を解決するための手段に「provide」がでてきたときは「提供する」が適切であり、「準備する」や「用意する」は不適当であることが多いです。同じ英単語でも、場面や文脈に応じて訳し分けて欲しいと思います。
問題(バイオテクノロジー)PDF形式
参考解答訳(バイオテクノロジー)PDF形式
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