第2回知的財産翻訳検定 標準解答と講評

標準解答および講評の掲載にあたって

 当然のことながら和文英訳の試験では「正解」が幾通りもあり得ます。
 また、採点者の好みによって評価が変わるようなことは厳に避けるべきです。このような観点から、採点は、主に、「これは誰が見てもまずい」という点についてその深刻度に応じて重み付けをした減点を行う方式で行っています。また、共通課題について2名、選択課題の各ジャンルについてそれぞれ2名の採点者(氏名公表を差し控えます)が採点にあたり、両者の評価が著しく異なる場合は必要により第3者が加わって意見をすりあわせることにより、できるだけ公正な評価を行うことを心がけました。
 ここに掲載する「標準解答」は作問にあたった試験委員が中心になって作成したものです。模範解答という意味ではなく、あくまでも参考用に提示するものです。また、「講評」は、実際に採点評価にあたられた採点委員の方々のご指摘をもとに作成したものです。 今回の検定試験は、このように多くの先生方のご理解とご支援のもとに実施されました。この場をお借りして御礼申し上げます。
 ご意見などございましたら次回検定試験実施の際の参考とさせていただきますので、「標準解答に対する意見」という表題で事務局宛にemail(office@nipta.org)でお寄せください。


共 通


第二回 知的財産翻訳検定 共通課題講評

全体として大変質の高い解答が多く見られましたが、ほとんどの方にとってむずかしかったと思われる点もいくつか見受けられます。これらの点について重要と考えられる順に以下略述します。

(1)問題文第3パラグラフの最後のセンテンス、特にその最後の部分(“What constitutes prior art can be difficult at times to determine, but generally, it includes prior issued patents, prior publications, and products or methods embodying the invention that are already available to the public.”)
この部分でいう「発明(the invention)」が、特許出願に係わる発明(特許性に関する審査を受けようとしている発明)ではなく「(すでに公知となっている)一般的な発明」であり、したがって関連のない発明を実施化した製品やプロセスも先行技術となると解釈された受験者が多く見受けられました。この点問題文が全く誤解の余地なく作成されているとは言えないことを考慮しても、特許翻訳の経験知識が豊富であればthe inventionを上記の「本願発明とは関連のない一般的な発明」と解することはないと思われます。問題文の先行技術に関する記述が、先行特許、先行公知文献といった刊行物だけでなく、当該出願に係わる発明を具体化した物や方法も先行技術となる場合があることを説明している点を読み取っていただきたかったところですので、酷かも知れませんが最終評価の一つのポイントとしました。

(2)問題文最終パラグラフの第1文にある「法上の保護対象」という用語は、実質的に特許を受けうる対象を示す法律用語として、“statutory subject matter”と訳出しなければなりません。大半の受験者はその意味するところは理解されていましたが、その用語をご存じなかったのか、あるいは単に訳語として採用されなかったのかはともかく、上記の用語を用いて解答されていませんでした。この点をあまり厳密に採点に反映させることは酷に感じられるかも知れませんが、多くの方に共通した問題であったので最終評価の一つのポイントとしました。なお、上記の他に「新規性」、「非自明性」、「進歩性」といった特許翻訳に関して基本的な用語についても米国あるいは欧州特許法で採用されている正式な用語によらず意味をとって訳している方が少数ですが見られましたので、確認しておかれるとよいでしょう。

(3)問題文の冒頭の行にある「特許庁」の語句を、米国特許庁(the USPTO)、あるいはごく少数ですが日本特許庁(the JPO)と特定して解釈されている方がおられました。この部分ではまだ特定の国や地域の組織ではなく一般的な意味で特許庁と言っておりますから、米国にしろ日本にしろいずれかの特許庁と決めつけて訳出することは適当でないと言えます。

問題(共通)PDF形式82KB   標準解答(共通)PDF形式94KB



電 気

第二回 知的財産翻訳検定 電子・電気分野講評

本検定の分野選択問題で受験者の皆さんに問うているのは技術翻訳力と英文特許出願の知識の両方です。特に、後者は米国特許出願の知識が中心となりますが出願明細書に要求される形式について知識が充分でない受験者が多いようです。知識がないばかりに折角の技術翻訳力を活かしきれていない場合が多く見受けられ大変残念に思います。今回の課題では、第一クレームとその従属クレームである第二クレームにそれぞれ重要な形式上のポイントがありました。第一クレームでは、構成要素とPunctuationの問題です。構成要素の中にさらに入れ子状態で構成要素が含まれる場合にPunctuationをどうするかはあまり参考書には書いてないので普段から実際の米国特許公報を丹念に調べるなどの努力が必要になるでしょう。今回、標準解答として掲載したような望ましいPunctuationを回答されたのは極少数の受験者のみです。第二クレームでは、further comprising という形式かあるいは wherein という形式か、鍵情報発生手段という新たな構成要素をどのように処理すべきかという問題です。課題の日本語には「・・・をさらに具備することを特徴とする」などの表現がありませんでしたので一見すると wherein で処理するような内容と考えたくなります。実際、多くの受験者が wherein で処理しました。正解は further comprising ですが、このように回答したのはこれも極少数でした。実施例の説明における形式上の問題は、本課題では図面の表記方法が挙げられます。細かいことではありますが日本明細書の扱い方とは明確に異なりますので充分に注意して欲しいと思います。正解は標準解答を参照ください。

次に、技術翻訳力を試す問題について説明します。先ずクレームでは、暗号化手段のデータ処理に対して暗号再生手段はデータを復元するために逆向きのデータ処理となっており各段階での工程は対をなしていることをしっかり把握することを要求しています。逆向きゆえに、インターリーブ手段の「あらかじめ指定された規則」とデインターリーブ手段の「あらかじめ指定された規則」とは互いに異なるものと考えられるので、異なるものとして処理する必要があります。この点については多くの受験者がクリアしていました。しかしながら、実施例では第3図の説明内容の翻訳に皆さん苦労されたようです。ここで説明されているデインターリーブ手段の動作は、列(column)と行(row)とで構成されるマトリックス状のメモリに対して、復号化手段からのデータをメモリへ書込みそして次段の誤り訂正復号手段へ読み出す、というものです。ここで、書き込むときは、1行ずつ列方向に書き込み、順次行を進めるという手順(to sequentially write data in rows in a column direction, proceeding sequentially from row to row)であり、読み出しでは、1列ずつ行方向に読み出し、順次列を進めるという手順(to sequentially read data from columns in a row direction, proceeding sequentially from column to column)となります。このような長く複雑な説明文に対しては、いろいろな翻訳の仕方が可能ですので、英語として適切であり文意が通っていれば正解といたしました。

全体としては、先の述べました形式に対する不備が大変に目立ったように思います。最近は英文特許明細書の書き方に関する良い参考書も多く出回っていますので必ずしも実務についておらずとも基本的に押さえなければならない要件は学習できる環境にあります。今回、残念ながら期待通りの結果が得られなかった方々も是非再度チャレンジしていただきたいと思います。

問題(電気・電子工学)PDF形式115KB  標準解答(電気・電子工学)PDF形式140KB



機 械

第二回 知的財産翻訳検定 機械工学分野講評

今回は、構造はきわめて単純ながら、どのように表現すればよいかを良く考えなければならない形状特許でした。

・技術的難易度としては、誰でも図面を見ながら和文を読めば理解できる、非常に単純なものでした。そのため、発明を理解せずに翻訳している方はほとんどいませんでした。ところが、従来技術の仮説的な応用例に触れている箇所(0003の最後の文)では、仕組みを十分に理解せずに誤った訳をされた方の多さに少々驚きました。中には、発明の内容とほとんど変わらない構造を説明する文を書かれた方もいらっしゃいました。発明というものは、従来技術と比較しての進歩性が不可欠。従来技術の理解と、発明との相違点を明確にすることもきわめて重要です。図面があるものは当然図面を見ながら、ないものは慎重に執筆者の意図を汲み取りながら翻訳することが大切です。

・mayやcanを使うのか,あるいはwillを使って言い切るのか,で記述の範囲が決まってしまうことも多くあります。発明の範囲そのものにも影響することがありますので,「そういうこともあり得る」のか「必ずそうなる」のか、頭でよく整理してからでないと全く間違った分を書いてしまう可能性もあります。今回はこのパターンが非常に多かったです。

・キーワードの一つ、「弾撥力」は、ほとんどの辞書に載っていません。そのため、翻訳者はその単語の意味を考え、その実態を最も適切に表現する技術用語を選択する必要があります。多くの方は創意工夫をこらして的確に訳していましたが、中にはとりあえず見つけた訳語を、中身も吟味せずに充てている方も見受けられました。いくら専門書に載っている訳語でも、この場合のこの発明の内容を的確に説明するものでなければ、誤りです。普段から多くの語彙のレパートリーを持ち、使い分けられるようにする力も必要です。形状は理解できるが、そのまま字面を訳しても的確な英文にはならない。さて、どう表現すればいいものか。これが形状特許の難しさでもあり、特許翻訳の基本でもあります。こればかりは,付け焼き刃では対処できません。普段からネーティブの書いた文を読み,「こんな風に表現するのか」というところはメモして覚えていくという姿勢が必要です。

問題(機械工学)PDF形式208KB   標準解答(機械工学)PDF形式104KB



化 学

第二回 知的財産翻訳検定 一般化学分野講評

今年は、化学は一般化学と生化学からの選択となりました。一般化学の出題分野はセラミック組成物ですが、有機化学の基礎知識を必要とする部分が含まれています。また、物のクレームと方法のクレームの違いや、マーカッシュ形式クレーム、さらには従属クレームにおける要素の追加のフォーマットなど、特許翻訳に必要なごく基本的な事項が盛り込まれています。各部分の翻訳については、標準解答とコメントを見ていただければ、出題の意図と翻訳の手法は理解していただけると思います。ここでは、全回答に共通する課題について講評します。

残念ながら、全体として出来映えはよくありません。クレームの翻訳でもっとも基本的なこととされる、transitional word/phrase(移行部)で、comprisingとconsisting ofの違いを理解していない人がいました。他の部分が完璧でも、comprisingの代わりにconsisting ofを使用するだけで、権利範囲は狭くなってしまいその翻訳は全く商品価値がありません。特許翻訳というのはそれくらい厳密さを要求されるものなのです。もう一度、初心に返って基礎からやり直してください。クレーム3は“further comprising”とすべきなのですが、“further”のない解答が目立ちました。

原文の技術内容を正しく理解する力とそれを英語で表現する力の両方が備わっていないと、正確な翻訳は不可能です。今回の解答で目立ったのは、英語表現力の弱さです。技術用語だけでなく、不正確な化合物名の表記が目立ちました。また、実験手順の翻訳の粗さも目に付きました。これらの現象に共通しているのは、@適切な技術用語を探し出す能力、A技術用語が見いだせない場合に意味が通じるように機能的に表現する能力、B基本的な英語表現を探し出す能力、C英文法の基礎のいずれかが欠けているということです。自分の解答と訳例をもう一度よく比較し、自分の解答のどこに問題があるかをよく把握し、その部分を基礎からやり直すことが必要でしょう。 さらに、技術内容をよく理解していないと思われる解答もありました。特許翻訳では、法律的なことばかりが強調されていますが、技術翻訳の要素も大きな割合を占めています。言葉の係り受けの間違いや不適切な用語の選択などは技術の理解力不足によるものと思われます。どの分野でも同じですが、化学に関しては特に、幅広い分野の知識を知らないと翻訳できないケースが増えています。語学力と合わせて技術の理解力を高めるための努力が必要です。

最後に、限られた時間内で致命的なミスを犯さないのがプロの翻訳者です。クレームやそれに関する内容を正しく把握し、適切な英語にすることを日常の翻訳で是非実践してください。

問題(一般化学)PDF形式199KB   標準解答(一般化学)PDF形式191KB



生化学分野講評

生化学を選択した6名の受験者のうち、大幅な訳洩れがあるという理由で採点外(不可)の人2名、一応全部翻訳はしているが生化学の明細書の翻訳としては使い物にならないという理由で「級外」の人2名、残りの2名がそれぞれ2級と3級で、残念ながら1級該当者はありませんでした。1級の基準は「十分に独り立ちできる」レベルにあるということです。技術の進歩が非常に早く、修士号や博士号を取得していても、つねに研鑚を必要とされるのが生化学の分野です。ましてその特許明細書の翻訳となると1)広範な技術知識、2)高い応用力(少しぐらい分からない点があっても、自分の手持ちの知識を総動員して何とか翻訳する能力と考えてください)、それに加えて3)十分な英語力(あえて「高い」英語力とはいいません)が必要となります。優先順位をつけるなら1)、2)、3)となります。

今回の問題で出題者が試して見たかった点の一つが段落[0007]にある「酵母のBOR1相同遺伝子であるYNL275wの破壊株」をどう訳すかということでした。明細書の他の個所を見れば、BOR1はシロイヌナズナに存在するトランスポーター遺伝子、YNL275wは酵母に存在するトランスポーター遺伝子、「YNL275wの破壊株」とはこのYNL275wという遺伝子が欠損し発現しない酵母株という意味であることが分かるはずです。特許明細書は全体を読んで理解すべきものです。2級と3級の人はこの点を正しく理解し翻訳していました。

次回の受験を考えておられる方に参考までに申し上げます。生化学関係のUSPを50件入手してそれを技術と英語の両面から徹底的に勉強してください。このような努力をした人の中から1級獲得者が必ず現れるはずです。

問題(生化学)PDF形式160KB   標準解答(生化学)PDF形式137KB

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